カナリア恋唄 杉本章子 著
[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)
◆逆境に揺れ動く女心
杉本章子の遺作『カナリア恋唄』は、代表作<お狂言師歌吉(うたきち)うきよ暦>シリーズの第四弾で、完結篇として構想されるも残念ながら未完になった作品である。
男子禁制の武家の奥向きで芸を披露するお狂言師のお吉は、お小人(こびと)目付・日向新吾と岡本才次郎の手駒を務め、日向とお吉は想(おも)いを寄せるようになっていた。
大奥がらみの疑惑を追う日向たちは、お吉から、お狂言師が同性愛の相手をする「といちはいち組」に引き込まれているとの話を聞く。その頃、母を亡くし父との男所帯になった日向は、武家の娘との縁談を勧められ、お吉は家を出て稽古所を開きたいが家族に反対されるなど、二人は私生活でも転機を迎えていた。
武家の日向と結婚すると、お狂言師を続けるのが難しくなるお吉は、独立を援助したいと申し出た男の言葉に揺れ、芸の才能ゆえに同門の先輩の嫉妬にも悩まされる。お吉が迫られる人生の選択は、現代でも起こり得るだけに、特に女性読者は共感が大きいのではないだろうか。
最終章が書かれていないので事件と恋の顛末(てんまつ)は分からなくなった。ただ読者が続きを自由に想像できるので、永遠に終わらない物語になったともいえるのだ。
未完ながら、逆境でも人は生きなければならない、というテーマは明確に読み取れる。著者が死と向き合いながら残したメッセージは、重く心に響いてくる。
(講談社・1836円)
<すぎもと・あきこ> 作家。著書『東京影同心』など。昨年12月に62歳で死去。
◆もう1冊
宇江佐真理著『うめ婆(ばあ)行状記』(朝日新聞出版)。昨秋他界した作家の遺作で、家族の絆を描く未完の時代長篇。