【手帖】北の民衆の実相赤裸々に

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萩原遼さん

 大宅壮一ノンフィクション賞受賞作『北朝鮮に消えた友と私の物語』など、北朝鮮報道で知られるジャーナリスト、萩原遼さん(79)が、翻訳小説『告発』(かざひの文庫)を出版した。北朝鮮在住の作家、パンジ(ペンネーム)が、脱北した親族に託したとされる短編集だ。主に1990年代前半に書かれ、若者、老人、母親などさまざまな視点から、金政権下の不条理を生きる民衆の実相を明らかにしている。

 そのうちの1編「舞台」は、親から子、孫へと政権が移譲される金王朝に忠誠を誓わなければ生きてはいけない国で、演技することが日常となった人間の悲哀を伝える。「伏魔殿」で描かれるのは、金日成の地方視察を円滑に進めるためという理由だけで、突然何日も途中駅で足止めされ、飲食や排泄(はいせつ)もままならず命の危険にさらされる鉄道利用者の悲劇だ。

 「北朝鮮では、反体制の文章が表に出れば確実に処刑される。文字通り、“命を賭(と)して”書かれた小説」と萩原さん。

 萩原さんは1970年代初めに、日本共産党機関紙の平壌特派員となったが、日本から北朝鮮に帰国した友人を捜したために国外追放に。また、朴正煕(パクチョンヒ)政権から死刑判決を受けていた韓国の反体制詩人、金芝河(キム・ジハ)の作品を翻訳するなど韓国の言論界とも40年以上の付き合いがある。

 『告発』の原稿は、脱北したパンジの親族から、北の人権問題に取り組む韓国の市民団体に託され、2014年に韓国で出版された。色あせた原稿用紙に鉛筆で書かれていたという。団体によると、1950年生まれのパンジは、雑誌などへの寄稿実績がある朝鮮作家同盟中央委員会に所属する作家で、今も北朝鮮に住む。

 「今も北朝鮮に住む作家の“告発”は貴重。金芝河は、その存在が広く日本で知られたことで死刑を免れた。パンジも命がけで小説が世に出ることを望んだと思う。願わくは生き続け、第2、第3の『告発』を書いてほしい」と萩原さんは話している。

産経新聞
2016年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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