割烹着×巨乳のおかみが時を超えておもてなし 『モトカノ☆食堂』大井昌和|中野晴行の「まんがのソムリエ」第3回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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宇宙に浮かぶ小さな居酒屋の物語
『モトカノ☆食堂』大井昌和

 暦の上ではもう秋なのに暑い毎日が続いている。温暖化の影響なのだろう。最高気温は年々上がっていて、一昔前は35度を超えた、と聞けば驚いたものだが、近頃ではそんなものは序の口。40度近い高温の日もあまり珍しいものではなくなっている。
 こう暑いと、食事もこってりしたものは受け付けなくなる。ざるそばやひやむぎ、そうめん、冷やし中華といったサッパリ系がいい。あとはビールさえあれば生きていける。そんな気分になっている御仁も多いのではないか。
 このメルマガでご紹介するマンガも、今回はこってり系はさけて、比較的あっさり口当たりのいい、読後感もさっぱりとした作品を取り上げよう。とは言え、ちゃんと心には残る……その作品は、大井昌和の『モトカノ☆食堂』である。

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 タイトルは「モトカノ」であって「元カノ」ではない。私も最初は勘違いしたが、主人公の名前が「もとか」。つまり、「もとかの」食堂なんである。
 もとかが経営する食堂は、昭和を感じさせる木造和風の店構え。二階の屋根の上には物干し台まであって実にレトロ。店内はカウンター席だけだが、お酒の品揃えは豊富。日本酒はもちろん、世界の銘酒が揃う。店があるのは下町の路地裏、かと思いきや、木星の軌道上の小惑星。時代設定も24世紀。なんとなんと、このマンガは、SF作品なんである。
 とはいえ、小惑星の上には大気があって、水もある。庭には大きな桜の木まで植わっている。そのくせ人工的に大気をつくるようなドームなどはなし。
 そのへんの科学的考察はあまり意味がないだろう。本格SFではなく、古き良き時代のSFファンタジーとして読めばいいだけだ。

 彼女の店には、故郷・地球を離れて星をめぐる旅人が、今日もふらりと立ち寄り、心の傷を癒していく。お客が誰であるか、どんな心の傷を抱えているのかを詮索するのは御法度。だからこそ、みんなここでは本当の自分に戻れる。
 オムニバス形式の短編連載で、さまざまなSF作品のパロディを交えたグルメマンガと説明すればいいのだろうか。もくじやナレーションが古びた巻紙状のものに書かれているのは、松本零士のパロディ。宇宙船はハーロック型、スタートレック型、ウルトラマン型とバラエティにとんでいる。50歳以上には懐かしい久松文雄の『スーパージェッター』に出てくる流星号に似たパトカーも登場する。
 料理は、アイルランド料理のキッパーヘリング、宇宙マグロの缶詰、次元龍のすき焼き、ガニメデ大海老のフライなど、これまたレパートリー豊富。

 もとかをサポートするのは密航者の女性・デリラ。彼女は恋人を追って豪華船で宇宙空間を密航し、警備員に追われてもとかの店に逃げ込んだのだ。直前に再会した恋人は事故で記憶を失い、小惑星帯を仕切る大会社の社長令嬢と結婚していた。傷心のデリラはそのまま、もとかの店で働くことになった。
 こういう感じの切ないお話が多いが、風刺の効いたお話もある。ガニメデ大海老のエピソードでは、甲殻類型の知的な宇宙生命とのコンタクトに成功した女性学者が、エビを食べるのは残酷だというメッセージを発して、大混乱が起きる。欧米による行き過ぎたクジラ保護運動を彷彿とさせる骨太なお話だ。まあ、最後はちゃんと泣かせてくれるのだけど。

 それにしても、もとかは謎の多い女性だ。20年ぶりに店を訪れたお客や、50年前に次元龍の最後の1匹を殺してしまったお客が出てくるのに彼女は決して年を取らない。推定30代前半のまま。
 それどころか、もとかは1945年5月のドイツにも現れるのだ。
 ナチスドイツ崩壊直後、軍の残党がひとりの科学者を追っている。軍事機密を握っている科学者とアメリカ軍が接触するのを阻止するためだ。雨の中を逃げる科学者がアルプスの森の中に発見したのは「Der Essen Raum Von MOTOKANO」の看板。つまり「もとかの食堂」。
 科学者のために彼のふるさとの料理を用意するもとか。そこに、ドイツの将校が入ってくる。グルメな将校は、カウンターの上の料理から、そこにいるのが目的の科学者であることをつきとめたはずだったが……。その科学者はのちにアポロ計画にも関わることになる、フォン・ブラウン。ここまではありがちなストーリーながら、最後のどんでん返しがすごい。ネタバレになるので書かないが、もとかが時空を超越した存在であることが、なんとなくわかる仕掛けになっている。うまい!
 全2巻分の本編を読んで、どこかほかのマンガに似ているなあ、と考えていたら、第1巻のあとがきマンガには、女性担当者が考えてきた企画が安倍夜郎の「深夜食堂」に似ていたので、得意のSFにした、とある。なるほどね。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年8月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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