辻仁成「50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど」|あの人の憧れの一冊 第4回

こんな本を読んできた

7
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 先日、平野レミさんと対談をやった。大変、愉快で、元気で、前向きな方で、二時間ほどの時間があっという間に過ぎてしまった。おこがましい言い方ではあるが、何より、子育てと料理に対する考え方が自分と全く一緒で嬉しかった。レミさんが料理を通して息子さんと向き合うその姿勢がそのまま自分たち父子の姿と重なったのだから、対談はずっと頷きっぱなし、頬が緩みっぱなしであった。家族のために料理をする。これは幸せのもっとも基本的な姿勢であろうと思う。レシピ本、『平野レミの幸せレシピ』の中にはまさに彼女の前向きで、明るく、元気な言葉とレシピがぎゅっと詰まっている。レミさんはお子さんを育てるために料理をがんばってきた。当然、息子さんは美食家になる。あれだけおいしいごはんを食べ続けてきたのだから、味にうるさくなって当然であろう。十二歳になったばかりのうちの子も食べ物に関しては相当に厳しい意見を持っている。

 息子が小学校五年生のとき、辻家に暗い転機が訪れた。塞ぎがちな息子を励ます意味で、父子の絆を強く保つ上でも、私は食卓が暗くならないよう頑張るしかなかった。朝、登校前の息子を励ます何かが必要だと思い、朝ごはん作りに精を出した。ある日、朝ごはんをお弁当にしたらどうだろう、と思いたった。彩りも綺麗だし、栄養のバランスも良い。食べ過ぎるということもない。弁当箱のふたを開けると、そこに父親の思いが詰まっているという寸法である。朝弁習慣と名付けた。

mamegohan辻さん作のお弁当

 朝の六時に起き、米を研ぐことから一日ははじまった。味噌汁や炊き上がったごはんの香りの中で息子は目を覚ますことになった。

 不思議なもので、どのお弁当も、作った日の記憶が鮮明に残っている。雪の日に作ったお弁当、息子が元気がない日に作ったお弁当、バレーボールの試合に勝つことを願って作ったお弁当、修学旅行の朝に作ったお弁当、ピクニック弁当、などなど。一つ一つのお弁当の中に、人生の荒波みを乗り越えて楽しい学校生活を送って欲しいという父の願いが込められている。二年以上作り続けてきた朝弁は毎回撮影し、この度『50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど』という一冊になった。

 思えば、お弁当を作ることで、自分もその日々の苦しさから立ち上がることができたのではないだろうか。いわば、弁当作りというささやかな修行である。私はその修練を通して人生の苦難を乗り超えることができてきた。苦しいと思う毎日も、穏やかならぬ日常も、悩める日々も、お弁当を作ることによって、労苦を紛らわし、日々の迷いを昇華させることができた。誰かのために生きることは幸せな証拠である。幸せというものは、自分ひとりの中、自己の中に見つけ出すことは難しい。「そうなのよ。誰かのために作る料理が一番おいしいのよ」と平野レミさんがおっしゃった。私は息子のために、平野さんは家族のために料理を作り続けた。家族が幸せであるように、という願いは一緒であった。

81ErPYO8PJL

 幸せだと思うことは、自分ではない誰か、とくに家族や友人らのために生きた時にはじめて生まれる感情かもしれない。息子のために毎日せっせと作ってきたこれらのお弁当はつまり私の幸福の結晶と言える。目に見えるものではないが、小さかった息子も今やクラスの中で一番背が高くなった。体重は当然のこと、手や足のサイズも私を超え、スポーツマンらしく筋骨隆々となった。バレーボール部のキャプテンを務める息子の体格は、間違いなく朝弁習慣の賜物であろう。

 平野レミさんは「料理研究家」ではなく「料理愛好家」を自称している。私もそれに倣おうと思ったが、ちょっとひねりを入れて「料理愛情家」とした。料理は愛情である。母親がせっせとこしらえてきたごはんを食べて私は大きくなった。私の息子はそばにいる私がせっせと作るごはんで大きくなった。これは彼の中で永遠に記憶に残る。私の自慢でもある。

 朝の七時、和食の詰まった弁当箱をそっとサロンのテーブルの上に置いておく。起きてきた息子がその弁当箱の蓋を開け、箸をつける。遠くから、「うん、うまい!」と声が届けられる時、私は台所の端っこで小さくガッツポーズを決める。

 ***

『50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど』辻仁成/著
作家・辻仁成が息子のために今日もパリでお弁当を作る。
お弁当作りを通して父と息子の絆が強く描かれる感動作品。

辻仁成(つじ・ひとなり)
東京生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞し、作家デビュー。 97年『海峡の光』で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏翻訳語版『Le Bouddha blanc』で、仏フェミナ賞・99年外国小説賞を日本人としては初めて受賞。文学以外の分野でもミュージシャン、映画監督、演出家など幅広く活動している。2003年より渡仏。現在はフランスを拠点に創作活動を続けている。

Book Bang編集部
2016年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連ニュース