戦後政治のアベンジャーズじゃ!『疾風の勇人』大和田秀樹|中野晴行の「まんがのソムリエ」第7回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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戦後日本政治を描く痛快エンターテインメント
『疾風の勇人』大和田秀樹

 かつての政敵・石原慎太郎が書いた『天才』がベストセラーになるなど、昭和の宰相・田中角栄が再び脚光を浴びている。新潟の農家に生まれ、高等小学校卒業が最終学歴ながら総理大臣にまで上り詰めた田中は「今太閤」と呼ばれ、日本列島改造や日中国交回復など歴史に大きな足跡を残した。
 現役の政治家が小粒になる中、戦後日本の繁栄をつくった大物政治家に、ヒーローとしてのスポットが当たっているわけだ。
 そこで今回は、戦後政治を代表するもうひとりのヒーロー、池田勇人を主人公にしたマンガを紹介しよう。大和田秀樹の『疾風の勇人』である。

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 主人公の池田勇人は、第59代から61代までの内閣総理大臣。総理大臣時代に掲げた「所得倍増計画」は、昭和30年代の高度経済成長に最も貢献したとされる。また、新聞、ラジオ、テレビといった大衆マスコミを効果的に利用したことでも知られている。
 物語は、敗戦から2年。ようやく新憲法が施行された1947年。東京のヤミ市に、ひとりの男が現れる場面から始まる。
 眼光鋭くその風貌は偉容。一目で常人でないことがわかる男だった。ヤミ市を仕切る愚連隊が男の行く手をふさぐが、男は動じない。そして、ヤミ市のあがり(売り上げ)の5分(5%)をウチに納めてもらう、とタンカを切った。その迫力には怖いもの知らずの愚連隊もたじたじ。
 男の正体は、大蔵省次官・池田勇人。広島弁丸出しで愚連隊とタイマンを張る大蔵官僚トップにびっくりする人がいるかもしれないが、池田勇人は広島の素封家(そほうか)の息子。広島弁がネイティブランゲージなのだ。

 京都帝国大学法学部を出て戦前の大蔵省に入った池田は、東大閥が支配する大蔵省で冷や飯を食わされたが、税務のプロとして次第に頭角を現し、戦後は税制改革の第一線に。47年の第一次吉田内閣では大蔵次官に大抜擢された。そのへんの頭だけの官僚とはデキが違うのだ。愚連隊を締め上げるくらいは朝飯前というわけだ。
 そのころ総理を退いていた吉田茂だが、池田を官僚のままで終わらせるつもりはなかった。吉田はアメリカ占領下の日本に、独立を勝ち取り新しい日本を作り上げるための人材を探していたのだ。吉田が白羽の矢を立てたのが、池田と、池田の旧知でそのころは運輸事務次官だった佐藤栄作。吉田が戦おうとしている相手は、日本占領の要・GHQ(連合国軍最高司令総司令部)だった。
 第一次吉田内閣のあとに成立した社会党片山内閣が瓦解すると、池田は大蔵省に辞表をたたきつけ、政治の世界に進む。こうして、池田勇人の熱いバトルがはじまる。

 政治の難しい駆け引きや庶民の日常といった枝葉の部分を取り払って、アメリカ占領軍(悪)対政治家と官僚(正義)という図式を作り上げたことが、この作品の魅力のひとつ。映画『シン・ゴジラ』が怪獣対官僚&自衛隊という図式に徹して大成功したのとよく似ている。
 当時の民主党(55年の自由党との保守合同で自由民主党となった)で新潟選出の若手議員だった田中角栄も出てくるし、池田の部下として大平正芳も活躍する。英語に堪能で、大蔵省随一の秀才と呼ばれた宮澤喜一も登場する。みんなのちに総理大臣の椅子に座る男たちの若き日の姿。このマンガは昭和政治のアベンジャーズだ。

 池田勇人も佐藤栄作も田中角栄もかっこいい。みんな眼光鋭く、不敵な面構えのキャラクターとして描かれている。屋台で日本のこれからを語り合っていた池田と佐藤がにらみあう、一触即発のシーンもある。ずっこけシーンも多い。政治マンガなのに、堅苦しさはなく、いささかヤンキーチックだが、読んでいると心が騒ぐ。
 吉田の右腕として活躍する白洲次郎がクールでかっこいいことは言うまでもない。
 みんな若かったし、きっとこんな感じだったんだろう。総理大臣時代にはあまり演説が上手でなかった大平正芳もなかなかかわいい系のキャラである。一方のアメリカの占領軍関係者は狡猾で、見るからに憎々しい。こういうキャラクターの組み立てはうまい。
 もちろん、戦後三大ミステリーの一つとされる、国鉄総裁・下山定則の轢死事件などもしっかり描かれているが、メインはGHQ対日本の若手政治家たち。GHQ経済顧問として新たに来日した「金の悪魔」ジョゼフ・ドッジとの交渉に、大蔵大臣のプライドを賭けて、正々堂々と臨む池田にはほれぼれする。

 描かれている世界は、あくまでもエンターテインメントなのだけど、今の日本が置かれている状況や、政治のシクミを知るにはよい入門書になる。政治嫌いの人たちにはぜひおすすめしたい。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年9月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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