あの名作漫画の“死神”が魅せるヒューマンドラマ『Dr.キリコ~白い死神~』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第15回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- Dr.キリコ~白い死神~ 1
- 価格:618円(税込)
ブラック・ジャックのライバルにスポットライトをあてる
『Dr.キリコ~白い死神~』漫画:sanorin 原作:手塚治虫 脚本:藤澤勇希
今年は、マンガの神様・手塚治虫のデビュー70周年。記念の出版物が何冊も刊行され、展覧会などのイベントも開催されている。
デビュー作は1946年1月に『少国民新聞(今の毎日小学生新聞)』大阪版で連載された四コママンガ『マアチャンの日記帳』。当時手塚治虫は17歳。大阪大学医学専門部の1年生だった。手塚は、1989年2月9日に60歳でなくなっているが、画業43年の間に残した作品は原稿用紙にして10万枚以上。没後30年近く経ってもまだ多くの作品が読者に読み継がれているというのがすばらしい。
さらに、『鉄腕アトム』や『ブラック・ジャック』などの代表作は、若いマンガ家たちの手でリメイクされ続けている。今回紹介するのも、そんなリメイクの最新作『Dr.キリコ~白い死神~』である。
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原作は医療マンガの傑作『ブラック・ジャック』。バイオテクノロジーをテーマにしたSF作品『BMネクタール』などの作者・藤澤勇希が脚本。作画はイラストレーターとしても活躍するsanorinが担当している。
主人公のドクター・キリコは、原作『ブラック・ジャック』では天才外科医ブラック・ジャックの宿敵。どんな病気も治す神の手を持つブラック・ジャックに対して、キリコは助かる見込みがなく苦しむ患者の安楽死を手助けする死神のような医者。戦場で軍医として働き、重傷を負った兵士たちが苦しむ姿を目の当たりにしたキリコは、「安らかに殺してやることも医者の勤め」と考えるようになったのだ。生かすために全力を傾けるブラック・ジャックと安楽死をさせてやろうとするキリコは常に対立するが、キリコだって殺すことが本来の目的ではない。原作には、間違えてキリコのカバンから毒薬を盗んだ少年を救うために二人が協力して必死の捜索をするエピソードもある。
本作は、キリコのヒューマンな一面にスポットを当てながら、「現代の医療の限界」の先にある「安楽死」というテーマを描いたオムニバス形式の短編になっている。
第2話「延ばされる命」の依頼人は末期の大腸がんと肝炎に苦しむ大富豪。しかし、患者の息子は、父親が遺言状を書き直すまで殺してもらっては困る、とキリコを誘拐する。彼は、父親が遺言状に「愛人に遺す」と書いた2億円を取り戻そうとしていたのだ。遺言の書き換えが終わり、キリコはようやく富豪が待つ病室で最後の処置を行うが……。
愛人と言われていたのは、お金や権力はあっても心がさみしい富豪が、お忍びで入った居酒屋で出会ったバツイチのヤンママ。男女の関係ではなく、心を休めることのできる唯一の存在だったのだ。富豪は彼女に本当の遺言を残し安らかに死んでいく。
「ありがとう…心…から愛しとる…」と。
そう。キリコにとって安らかに死んでもらうことがなによりも重要なのだ。だから、苦しみながら死んでいった依頼人からお金は取らない。このあたりのプライドは、ブラック・ジャックととてもよく似ている。
殺すばかりではない。命を救うこともある。第5話「救わざる神」では、紛争中のある国で軍に捕まったキリコが、ゲリラの少年を治療することになる。軍は、ゲリラ指導者である少年の兄の居所を知るために拷問にかけていたのだ。死なせたのでは居所を聞き出せないので、瀕死の彼をなんとか生き延びさせようという魂胆だった。
自分が逃げる機会をうかがいながら、延命治療をするキリコ。しかし、しだいに回復してきた少年に日本の事を話すうちに……。ラストシーンのキリコの苦悩は、ブラック・ジャックの悲しみそのまま。ふたりは、本当によく似た存在なのだとわかる。
ブラック・ジャックの助手であり「おくたん(奥さん)」でもあるピノコみたいな存在も出てくる。小学校4年の男子・白河郁馬(いくま)だ。郁馬はかつて虫垂炎と腹膜炎を併発してキリコの治療を受けた元患者。父親を亡くした郁馬は、海外出張のために留守にしていたキリコの家に勝手に上がり込んでいたのだ。
キリコひとりではやや平板になりがちなストーリー展開も、郁馬がキャラクターとして加わることで、幅というか厚みが出てくる。
第6話「生ける死体」では、郁馬の転校先で、クラスメートから「ゾンビ」とあだ名されて嫌われ、無視されている少女が登場する。ここでもキリコは、彼女が抱えている問題を彼なりのやり方で解決することになる。
読む前は、「キリコが主人公で大丈夫かなあ」と思わないでもなかったが、読み終わると原作の世界観がうまく引き継がれていたので感心した。
もちろん新たな設定も加わっている。それは、眼帯で隠されたキリコの左目。なんと録画用隠しカメラが内蔵されているのだ。この設定はストーリーの中で重要な役割を果たす。それは読んでのお楽しみ。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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