謎を「地図」で読み解く!新感覚ミステリ―『ジグソークーソー 空想地図研究会』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第16回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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地図が謎を解き明かす学園ミステリー
『ジグソークーソー 空想地図研究会』高舛ナヲキ

 筆者が住んでいる千葉県市川市で、ボランティアガイドの案内で旧江戸川沿いを散策するという催しがあった。道中聞いたガイドの方のお話で興味深かったのは、市川市がある千葉県北西部は、かつては下総国葛飾郡の一部で、市川には下総国の国府(役所)が置かれていたという説明。葛飾郡は広大で、千葉県、東京都、埼玉県、茨城県にまたがる旧江戸川流域に広がっていたそうだ。
 17世紀には川の西側が武蔵国葛飾、東が下総国葛飾と分けられ、明治の廃藩置県(1871年)をきっかけに、東京部分を南葛飾、千葉部分を東葛飾、茨城部分を西葛飾、埼玉部分を北葛飾、中葛飾に分割。それ以前からも江戸部分は葛西、千葉部分は葛東と呼ばれていた。船橋市にある京成電鉄の西船駅は1987年までは葛飾駅だったが、柴又を尋ねる人が間違えないように変更されたのだとか。今でも船橋市葛飾町という地名は残っている。
 地域の歴史や地名の由来というのはタメになるなあ、と思っている折も折、面白いマンガに出会った。高桝ナヲキの『ジグソークーソー 空想地図研究会』である。

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 ジャンルとしては変則的な学園ミステリーということになるのだろうか。ユニークなのはタイトルのとおり、謎解きに地図が関係してくること。地図を見ることや地名のエピソードが好きな人にはぴったり。もちろん、そうではない人には学園ものとしても楽しめるようになっている。
 マンガの舞台になるのは、県立東鹿塚(ひがしかづか)高校(おそらく千葉県だろう)。この学校では、新入生が積極的にサークルを新設するという伝統があり、認可の権限は主席入学した1年筆頭に委ねられていた。
 今年の筆頭になったのは、杜子(とし)ダイチ。私立の進学校を目指していたのだが、とある悩みが原因で受験に失敗。滑り止めの公立に入学したというわけ。そんな彼のもとに、サークル活動の申請に現れたのが1年6組の塔元(とうもと)チリエ。長身で巨乳の女の子だ。彼女が持ってきた東京都江戸川区の地図を見るうちに、ダイチは地図が彼の「悩み」を解決してくれるのではないかと思い始める。

 ミステリーと書いたが、殺人や消失トリックが出てくるわけではない。高校生のごくごく日常的な謎がテーマになっているのだ。最初の謎になるのはダイチの幼い日の記憶。江戸川区でのぼんやりした記憶が残っているのに、家族は一度も江戸川には住んだことがないという。もしかして、自分には一緒に暮らす両親とは別に、家族がいて、みんなでそれを隠そうとしているのではないか? そう悩んでいるうちに勉強が手につかなくなり、受験に失敗したのだ。
 地図を読み解くのが大好きというチリエの助けを借りながら、幼児期の記憶を取り戻そうとするダイチ。それに対してチリエが求めた報酬は、サークル申請の受理。ダイチは謎が解けた場合の「前払い」として、チリエの申請を受理する。
 ふたりが地図を使って、記憶の断片と地図を重ねながら、ダイチが住んでいた場所を突き止めていくまでのプロセスが実に面白い。地図にはこんなにたくさんの情報が隠されていたのか、と驚かされる。

 謎は見事に解かれて、空想地図研究会が誕生。サークルとして成立させるには部員が不足しているが、新たに難波トミヨと上本町イコマのカップルも加わる。トミヨは長身の男子。自転車ロードレースの選手のくせに、超方向オンチ。そのために遅刻ばかりしている。イコマはそんなトミヨの幼馴染で、世話女房タイプの女子。まるで夫婦漫才のようなコンビだ。
 第2の事件は、トミヨのレポートを風邪で休んでいる先生の自宅まで届けるというお話。先生から渡されていた地図は簡単なもの。江戸川橋駅から徒歩10分というメモを読んだイコマは、京成本線の江戸川駅に集合というメッセージをダイチに送ってきた。東京メトロ有楽町線・江戸川橋駅と京成・江戸川駅を間違えるのはそんなに珍しいことではない。筆者も一度間違えている。気づいたのは、地図好きのチリエだけ。
 余談だが、京成本線の江戸川駅の千葉寄りにひと駅目の国府台駅の由来は、はじめにも書いた下総国の国府があったこと。現在は千葉商科大や和洋女子大などがある学園都市になっている。
 間違いに気づいたダイチ、トヨミ、イコマは自転車で江戸川区から文京区の江戸川橋をめざすが……。果たして提出期限までにレポートを届けることはできるのか?

 勉強は出来るけど神経質で切れやすく人づきあいが苦手なダイチと、地図にはめっぽう詳しいが抜けたところのある<天然>タイプのチリエのこれからの関係も興味があるし、チリエのスマホにうつしだされた「nbq-nbo」という謎の文字も気になる。
 これからの展開が楽しみなマンガである。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年11月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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