新年を彩るは、様々な人生を背負い和食に向き合うこの漫画『味いちもんめ』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第23回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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それぞれの人生を背負った板前達の、人生の移り変わりを丁寧に描く
『味いちもんめ』作:あべ善太 画:倉田よしみ

 あけまして、おめでとうございます。
 天変地異、政治・経済の大変動、紛争、テロ、と最後まで落ち着けなかった1年がようやく終わって、新しい年が明けた。
 今年こそ誰もが幸せに過ごせる世界が実現して欲しいものだが、難しいだろうなあ。せめて、マンガだけでも穏やかでハッピーな気分になっていきたいという祈りを込めて、『まんがのソムリエ』の初荷に選んだのは、あべ善太・原作、倉田よしみ・マンガの『味いちもんめ』。

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 このマンガ、グルメマンガなのに、料理対決やひたすら技を極めて成長していく主人公、といった暑苦しい要素はゼロ。食のうんちくもあるけれど、さらりとしている。それでいて、読む者の心に響く、というまるで和食のような作品だ。お正月にこれほどふさわしいマンガはあるまい。

 舞台になるのは東京の料亭「藤川」。超高級店ではないが、旬の食材をつかいお客の好みや体調に配慮した料理と、女将さんはじめ板前、中居たちの人柄で人気を得ている中堅のお店だ。
 主人公は伊橋悟という新米の板前。店では「あひる」とか「追い回し」と呼ばれる雑用係である。厳格な大学教授の父親に反発し、大学受験を放棄して料理学校に進学。卒業時の成績は首席だったというが、腕はプロには程遠い。ちゃらんぽらんで、思い込みが激しく、一言多い、と三拍子揃ったおっちょこちょい。女好きでソープランドが趣味。グルメマンガに欠かせない天性味覚なんて持ちあわせていないフツーの若者だ。「こんな奴が主人公で大丈夫か?」と心配になるが、このマンガの良さはパッとしない主人公を脇ががっちり固めていることにある。
 板前のトップ・花板(はないた)の熊野進吉は、東京の下町生まれ。京都の老舗料亭で修行したために、ふだんは京都訛りで話す。趣味は骨董。腕はもちろんだが、人情味ある人柄でみんなから「親父さん」と慕われている。
 花板を支える立板(たていた)は、横川という腕のいい男がいたが博打と借金で辞めざる得なくなり、新たにゴルゴ13みたいにクールな坂巻勝男が加わる。ナンバー3の煮方は、クリこと栗原。腕は親父さんも坂巻も認めているのだが、おとなしくて引っ込み思案が玉に瑕。立板をサポートして魚をさばく向板(むこういた)は高知出身の川島。見た目はいかついが心のやさしい男だ。伊橋と同じ追い回しの矢沢誠は、群馬出身。伊橋より3年先輩だが同い年。まじめすぎて極度の緊張症。伊橋とはアパートの同居人でもある。そして、揚げ物担当のボンさんは元僧侶。寺宝の仏像を売り払ったために寺を追い出され、求人広告を見て藤村にやってきた。下働きのことを「ボウズ」ともいうので、経験者と勘違いした親父さんが採用。気づいたときはもう手遅れで、僧侶に衣はつきものというので揚げ方になったのだ。

 マンガは、毎回誰かが準主役となって展開する読み切り形式になっている。素材を生かす日本料理と同じく、ひとりひとりの個性が生かされた話ばかりで味がある。
 通して読んでみると、初めのうちは親父さんがメインになるお話が多い。だが、個人的に好きなのはボンさんと矢沢だ。
 博打とソープランドが大好きなボンさんは、若い頃には京都のお寺にいたことがあり、そのころからなかなかの遊び人だったらしい。
 藤川の建て替えが決まって、その間、伊橋と矢沢が京都の料亭「花家」に助っ人として行くことになったときには、勝手に同行。馴染みだった元芸者・ひな子との再会を果たす。見た目は地味だが、和食に欠かせない高野豆腐のような味わいがあるキャラクターだ。
 矢沢は里芋かなあ。

 お正月にふさわしいお話がある。大晦日、藤川のお得意さん・吉田建設の小室課長からおせちの追加の注文が。届け先は市ヶ谷の工事現場。秋田から出稼ぎで来ている作業員たちにもおせち料理を出してあげたいというのだ。親父さんたちがつくった秋田風のおせちを伊橋と矢沢が届けに行くとみんなは大喜び。懐かしい味に酒盛りが始まる。感激して帰ろうとするふたりだが、矢沢は現場事務所の公衆電話から故郷に電話をする作業員を見つけた。電話が切れそうになって小銭を探している様子をみた矢沢は、ポケットにあった小銭をそっと置く。翌朝、群馬に帰省する矢沢が上野駅に行くと……。
 そういえば公衆電話も少なくなったし、上野駅もすっかり変わってしまったなあ。
 マンガの中の人々も変わらないようでいて、少しずつ移り変わっていく。若い頃に離婚歴があった坂巻はかつての妻と藤川で再会してヨリを戻し、子どもが生まれてすっかり穏やかになるし、大学受験だった親父さんの娘は卒業を迎えて、社会に巣立っていく。商社に勤める伊橋の兄にも結婚話が。
 伊橋の下には新しい追い回しが来て、さすがの伊橋も成長していく。今年は私も成長しないとなあ……。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年1月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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