「人工知能」「量子コンピュータ」人類の未来に関わる量子力学 研究者の新たな挑戦とは

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 大学という閉鎖的な社会にいると、同業者との競争で劣等感や嫉妬に翻弄されることがある。結果が出せなければ、どんなにすばらしい研究をしていても評価されない世界なので、他の研究者が発表する成果を見て焦る気持ちを持つのは、どんな研究者でも同じではないか。よくよく考えればくだらないことなのだが、事実だ。

 朝永振一郎さんの著書『量子力学と私』を読み、世界に名を残すノーベル賞受賞者でもそんな苦悩を持っていたと知って驚いた。彼は量子電磁力学に関する功績で1965年にノーベル物理学賞を受賞した、まさに飛び抜けた才覚を持つ科学者である。その彼が、著書の中で、ひとつ年下の大学同窓である湯川秀樹博士があっという間に名を成していくときに抱いた、嫉妬にも似た思いを隠すことなく明かしていて興味深い。

 彼はドイツ留学中に様々な苦悩に苛まれたようだ。僕もイタリアのローマ大学で研究活動をしているときに同様の思いに駆られていた。日本にいる同年代の研究者の活躍の様子を聞くともどかしく狂おしい気持ちに襲われた。しかし、彼の著書を読み、「自分がすることは、自分にしかできないことだ」ということに気づいた。

 そんな気持ちから今回書いたのが、『先生、それって「量子」の仕業ですか?』という本。僕なりの考え方や伝え方で、量子の世界を描いたものだ。世の中には秀でた科学者が大勢いるものの、一般向けに先端科学とその元にある量子力学をこんな変わったタイトルでおもしろく説明するのは僕にしかできないことだと思う。中身もちょっと変わっていて、手前味噌ながら、これまでにはなかったものに仕上がったと思う。

 「量子力学」はそもそも複雑でわかりにくい上に、小難しい専門用語や数式で溢れる、一般からみると取っつきにくい話題だ。しかし、固定観念をちょっとだけ外してみると、とんでもなく魅惑的な世界が広がっている。僕たちの体もこの宇宙も実はすべて「量子」でできていて、話題の「人工知能」をはじめ、新しいテクノロジーもその基礎たるやすべて「量子の仕業」なのだから。

 人類の未来に関わる重要な学問とも言える「量子力学」を、その面倒くさい用語や数式を一切排除して、高校生からかつてSF好きだった文系の大人までワクワクしながら読んでもらえるようにと考えた。そのため、「ドラえもん」から「マトリックス」まで様々な話題が登場する展開になった。

 この本を読んで、これまで科学にあまり関心を持っていなかった人たちにぜひ新しい視点を持ってもらいたいと思う。きっと世界の見え方が激変するはずだ。

 「量子コンピュータ」という、これまでの常識を一変するコンピュータが登場したこのタイミングだからこそ、地球の未来を担う世代にもっと科学に親しんでほしいと願う。

 私にも一昨年生まれた可愛い息子がいる。あと10年くらいたったら、彼にこの本を渡そうと思っている。その頃には、彼の父が発表した研究成果によって、本の中に書いてある「可能性」のどれかが実現しているかもしれない。僕らはそんな時代の幕開けに生きていること、そして彼らが生きる未来は眩しい世界になっていることを信じる。この暗い雰囲気の日本を、世界を、作り変える。それが「科学」の力だ。

 それを信じて、今日も研究に明け暮れる。

大関真之(おおぜき・まさゆき)
1982年、東京出身。東京工業大学理学部物理学科卒業、2008年同大大学院博士課程早期修了、同大非常勤講師、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教、ローマ大学物理学科研究員などを経て、現在、東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。博士(理学)。

Book Bang編集部
2017年2月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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