江戸の時を思う

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江戸の献立

『江戸の献立』

著者
福田 浩 [著]/松下 幸子 [著]/松井 今朝子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/家事
ISBN
9784106022395
発売日
2013/01/30
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

江戸の時を思う

[レビュアー] 畠中恵

 第一に、これはお腹の空く本だと思う。
 そして、時の流れというものを、感じさせてくれる一冊でもあると思う。

 この連載が雑誌に載っている時から、楽しみにして読んでいたので、とんぼの本になったのは嬉しかった。何故なら、連載時に載った様々な料理の写真を、全ページ、美しいカラーで見る事が出来るからだ。

 江戸の料理について書かれた本は、幾つもある。だが、写真の無かった時代の料理は、文章や絵で知るしかない。それが再現されたのだから、大変興味深く、そしてああ美味しそうとなる訳だ。

 江戸時代と一口に言うが、戦国時代の名残がある初期の頃から、明治を目前とした末期まで、随分と長い。そしてその事は、料理の歴史を見ても、つくづく感じられる。

 本の中に、食文化と年表のページがあるのだが、時が移るにしたがって、今私たちが、ごく日常の物として味わっている食べ物が、現れてきたのが分かる。
 砂糖黍が奄美大島へ伝わったのも、琉球から鹿児島へさつまいもが持ち帰られ、栽培が始まったのも、江戸に入ってからとのことだ。
 今のような、切り蕎麦という形が始まったのも、江戸時代。鰻の蒲焼きや、握り寿司が登場するのも、江戸という訳だ。寿司や天ぷら、蕎麦は、屋台で食べられる気軽な食べ物であった。
 余談だが、江戸でいなり寿司が売られ始めるのは意外に遅い。この本の年表には、天保14年、1843年のことと書いてある。

 同じ年表の1785年の所には、すし、蒲焼、そば、天ぷらなどの屋台店が増える、とある。握った寿司が、江戸時代の半ば過ぎ、広く売られていた事は、私も承知していた。
 よって、いなり寿司の登場がぐっと遅い事に思いが至らず、時代物を書いていて、ひやりとした事がある。食べ物の事は、気を付けねばと思った次第だ。

 さて、この本に登場するのは、江戸の頃から今に、料理の記録や作り方が伝わっている様々な献立、12組だ。

「にんべん」の正月料理から、有名になった『元禄御畳奉行の日記』より再現された食事、そして黄門様の精進料理の宴会まである。

 一般の町人が旅先で食べた食事や、食通達の宴会、お大名の膳や、流行作家の祝い膳、招待された先や、赴任先での食べ物などなど、写真の中に蘇った江戸の料理は、本当にバラエティーに富んでいる。
 その再現された料理を見て、まず第一に思ったのが、何と丁寧に作られているのだろうかということであった。

 当時は今のように、インスタントな調味料などなかった。パック売りの肉や魚の切り身も、レトルトの品もありはしない。一見、さりげなく見える一皿であっても、今とはかかる手間が違うのだ。
 江戸とはいっても、まだ醤油すら一般的でなかった頃もある。すると煎酒など、醤油の代わりになるものから、各家で手作りしてゆくという事になる。
 魚なども、一匹買って自分で下ろすのは、今、魚屋でさくを買って刺身にするより、ぐっと手間なことだっただろう。鶏肉の鍋も出てくるが、多分自分で絞めたのだろうと思うと、その大変さに溜息が出る。

 祝いの膳など作った時は、来られなかった人の所や地主にまで届けたというから、本当に特別な食べ物であったと分かる。武家の祝い事で、同僚や部下などへ振る舞いの膳を出した時は、金子を借りる事になったというのだから、特別な日の膳というものは、金の掛かる物でもあったわけだ。

 平成の今に記録が残る、そうした特別なご馳走。簡単には食べられないその数々を眺め、一時江戸の時を思うのは楽しい。

新潮社 芸術新潮
2013年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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