ホラーへの秒読み【私の名作ブックレビュー】

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眼の気流

『眼の気流』

著者
松本 清張 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101109398
発売日
1976/02/24
価格
561円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【私の名作ブックレビュー】ホラーへの秒読み

[レビュアー] みうらじゅん

 自分の今の年齢は、松本清張の小説の中では初老の域に達している。刑事ではベテラン、会社では部長クラス、自営業では苦労を重ねようやく余裕が出来、そろそろ愛人関係で揉めに揉め出す頃だ。人生は一度っきり。うまくやっていきたい。それには掴んだ“幸せ”を死ぬまでキープすることだ――

 松本清張モノならもう何だっていいと思っている。たくさん本も出ているから一生、それだけ読んでいても構わない。オレにとってそれは推理小説でも、社会派小説でもない。言うなればホラー小説に近い。自分の中にも潜んでいるホラーな部分が松本清張モノを読むと引き出されドキドキしてしまう。

 社会は弱者と強者。浮かばれない者は妬(ねた)み、嫉(そね)み、恨む。一度でも浮かれた者は地獄の底まで沈む。人間が勝手に作り出した“幸せ”という幻想を、松本清張は小説の中で引っ張り回して最後、木っ端微塵に破壊する。そもそも人生とは苦なんだと、仏教観がそこかしこに漂っているのである。

 このホラーを味わうためにはある程度年齢を重ねた方がいい。結婚もし、守りたいものがたくさんあった方がいい。文庫のカバー裏の解説に“日常生活に潜む恐ろしい生の断層”とある『眼の気流』を手始めに読まれることをお勧めする。そこにはたくさんの幸せが破壊される様が描かれている。幸せだと感じた瞬間がホラーへの秒読み。覚悟して欲しい。

新潮社 週刊新潮
2013年5月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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