明治の「知」をめぐるドラマ

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国史大辞典を予約した人々

『国史大辞典を予約した人々』

著者
佐滝 剛弘 [著]
出版社
勁草書房
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784326248421
発売日
2013/06/30
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

明治の「知」をめぐるドラマ

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 名簿は府県によって分類されているが、その枠に入らないので目を引くのが「軍艦乗込員」の十五名だ。軍人は合わせて百名近い。海軍省十一人に対し、陸軍参謀本部は三人と、総じて「海高陸低」なのは、理系思考の海軍に国史への関心が強いことをうかがわせる。元連合艦隊司令長官や戦艦三笠の艦長がいたりで、予約者だけで日本海海戦をもう一度やれそうな顔ぶれである。
 与謝野晶子、巌谷小波、佐佐木信綱、長塚節など文学者の名もあるが、意外に少ない。漱石、鴎外も、藤村、花袋もない。歌人が過去に向い、小説家は西欧に学んでいたからだろうか。著者が見つけてきた新聞広告に載る『大英百科全書』購入者として名の出る伊藤博文、新渡戸稲造、団琢磨などの洋行帰りは『国史大辞典』を予約していない。そういう比較もされている。
 小説家では、その父親たちが予約したケースがいくつか発見されている。芥川の実父、太宰治の実家、武田泰淳の父、尾崎一雄の父。それぞれ職業は牛乳業、貸金業、僧侶、宮司である。
 尾崎の父は伊勢の神宮皇学館教授でもあったが、伊勢神宮のある三重県度会郡(『芳名録』の住所表記は郡までしか出ていない)は八十三人という「大票田」である。それにはわけがあって、『国史大辞典』は国学院出身の三人の若き学徒が編集の中心におり、国学院が全面協力をした。神主たちは出版のサポーターとなったのだろう。
 国学院も「大票田」で七十五人が名を連ねる。その中にはおそらく最年少で、予約時には予科在学中、十九歳の折口信夫(釈迢空)がいる。折口は天王寺中学時代にすでに『言海』を精読し、『国歌大観』を読みおえ、上京して上野の図書館で古典籍を読破する男として新聞記事になっていたから(西村亨編『折口信夫事典』による)、『国史大辞典』のもっとも熱心な読者になったのではないか。
 国学院の前身が皇典講究所だった関係か、宮内省内にも予約者が多い。その中で特筆すべきなのは園祥子である。本では十九歳と誤植になっているが、予約時には三十九歳で、明治天皇の側室として二男六女をもうけ、四女が成人する。有職故実への興味なのか、国史への関心なのか、園祥子は要チェックである。
 著者は明治版『国史大辞典』のゆくえも追跡し、全国で五百冊の現存を確認する。『芳名録』まで所蔵していた唯一の図書館は、愛知県西尾市の岩瀬文庫で、実業家の岩瀬弥助が倹約を重ね、無数の良書の収集、公開を目ざした所で、残るべくして残った一冊なのであった。
 著者の病は嵩じて、『国史大辞典』について記述した日記探しを始め、小樽市の教員の日記に、申し込みの記述、貸したらなかなか返ってこない不満の記述を発見する。こうして、『国史大辞典』が「知」のインフラとして各地で重宝され、活用されていく姿までが明らかになっていく。その一方で、大量に予約販売の実績をあげた書店のほとんどが近年廃業していたという事実に愕然とする。
 本の最後には、担当編集者の実家の蔵から明治版『国史大辞典』が出てきて、曾祖父が『芳名録』に載っていることが判明するオマケまでつく。『芳名録』の全貌を勁草書房のホームページで公開すれば、不明の半分強の名前も確定でき、さらなる数奇な本をめぐる物語が各地から寄せられるのではないだろうか。
 本を楽しく読み了え、『国史大辞典』の実物に触れたくなったので、某図書館を訪ねた。分厚い本巻、「清新豪華」と評された色刷り図版が美しい別巻と、百年の時を何物ともせずに輝いている。その別巻に一枚のチラシが糊付けされていた。読んでみると、「意外の遅延を来し御眷顧に背くの罪恐懼措く処を知らず」とあり、発売が一年以上遅れたことを予約者に詫びる文面である。『芳名録』は予約者に刊行を誓い、いましばしの猶予を乞うためのものであった。刊行の遅延が幸いして本書は生まれたのであった。

新潮社 新潮45
2013年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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