読み換えられた「古典」

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『平家物語』の再誕

『『平家物語』の再誕』

著者
大津 雄一 [著]
出版社
NHK
ISBN
9784140912065
価格
1,080円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

読み換えられた「古典」

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 こうした流れは、日本の古典にとっては必然の流れだったのかもしれない。そもそも東京帝国大学に国文学科ができたのは、国家主義教育のためであった。昭和十二年に、国民精神総動員が叫ばれ、『国体の本義』が文部省から大量に配布され、影響力を行使する。その草稿を書いたのは、東京帝大国文学科教授の久松潜一と弟子の志田延義だった。
 時代へ添い寝する『平家』は、戦争中にきわまる。本書で詳しく紹介される『ものゝふの文学』という本では、「死になづまぬ心」(死をためらわない心)の例として、「橋合戦」の僧兵を取り上げ、爆弾三勇士や真珠湾の特殊潜航艇の軍神たちとともに「尽忠報国の至誠」の持ち主として顕彰する。大学の演習でこの本を読まされた学生は「この人は、本気でこの本を書いているのでしょうか」と怪しんだという。著者は「本気でしょう」とその学生に答えている。
『ものゝふの文学』の著者・冨倉徳次郎は、戦後すぐの昭和二十二年に文部省の教科書編纂委員となり、『平家』研究の大家として一生を終えた。国文学界はマイナーな業界ゆえか、戦争責任を問われることなく、同業が結束して「知らぬふり」で通したという。
 この冨倉徳次郎という名は、私にとっては懐かしい名前だった。中学生の時に初めて読んだ日本古典の書、『平家』の校註者として記憶していたからだ。その本は昭和二十三年に初版が出た朝日新聞社の「日本古典全書」版の三巻本で、ハンディで読みやすく、和漢混淆文の気持ちいい調子につられて、グイグイと読み進めた。NHKの大河ドラマで尾上菊之助・藤純子の「源義経」が放映されるより以前だったから、子供用の『平家』にハマって、原文を読みたいと親にねだったのだろう。お蔭で『平家』は最後まで読み通せた数少ない日本古典のひとつとなった。まさか、そんな脛にキズ持つ学者の本だとは思いもしなかった。
 戦後の『平家』解釈も時代の流れから超然としていたわけではない。戦争中に傍流だった永積安明、石母田正など歴史社会学派がその研究を主導するが、彼らは新しい中世社会を開いた武士たちを、「あたかも民衆革命のリーダーのように英雄として」語ったという。そうした「明治の評価の焼き直し」が終るのは、高度経済成長が始まり、革命幻想から醒める時を俟たねばならなかった。それでも昨年の大河ドラマ「平清盛」では、歴史社会学派の影響がまだ色濃く残っていた、とのことだ。このように、さまざまな読みを可能にさせるからこそ、古典は幾世代も生き延びてくるのだろう。
 ところで戦時下、『平家』はどう読まれていたのだろうか。学徒出陣の大学生が戦地に持っていく古典ならば、『万葉集』や斎藤茂吉『万葉秀歌』がよく知られている。尊皇を強調するには『太平記』であり、桜の花にわが身を託す時には本居宣長の和歌「敷島の大和心を」であったろう。三島由紀夫は『葉隠』と『神皇正統記』を重要な古典と位置づけたが、『平家』は外している(『日本文学小史』)。
 花田清輝は戦時中に、『平家』を読むようにと友人から勧められる。「日本の古典を読むことは堕落のはじまり」と警戒するヘソ曲りだった花田は、同じ『平家』でも、ローマ字で書かれた天草本『平家』を選択した(『小説平家』)。
 小林秀雄は、『無常といふ事』にまとめられる一連の古典論の中で、『平家』について書いている。「このシンフォニイは短調で書かれている」(「平家物語」)、「古いものの死と新しいものの生との鮮やかな姿を、驚くほど平静に、行動の世界のうちに描き出してみせた」(「実朝」)と。そこに時勢の影はあっても、時代への媚態はない。戦争の渦中、もっとも正面から中世の古典を読んでいたのは、小林秀雄ではなかったろうか。
 さて、本書の「はじめに」によると、村上春樹の『1Q84』では、少女「ふかえり」が文学賞受賞の記者会見で、義経都落ちの場面を滔々と暗誦するシーンがあるという。村上春樹自身、国語教師の父親から、古典の暗誦を教育された少年だった。私は『平家』暗誦のシーンの前に挫折してしまった情けない読者だった。『平家』の村上春樹への影響を確かめるためにも、『1Q84』に再チャレンジしなければいけない。

新潮社 新潮45
2013年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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