最後のフロンティア、深海の謎を解く鍵【自著を語る】

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ダイオウイカ、奇跡の遭遇

『ダイオウイカ、奇跡の遭遇』

著者
窪寺 恒己 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103346913
発売日
2013/10/18
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最後のフロンティア、深海の謎を解く鍵【自著を語る】

[レビュアー] 窪寺恒己

 今夏、私が勤務する東京・上野の国立科学博物館で開かれた特別展「深海」には、お陰様で多数の皆さんにご来場いただきました。入場者は九月二十五日段階で五十万人を突破。大好評のうちに、十月六日に幕を閉じました。

 一月にNHKスペシャル「世界初撮影! 深海の超巨大イカ」が放送されたことをきっかけに、今年はダイオウイカなど深海生物がブームとなりました。番組では私の乗った小型潜水艇がダイオウイカに遭遇したこともあり、「深海展」もこのブームを見越して企画されたのではないかとよく誤解されるのですが、実際は十年以上前から構想を練り、準備には約三年をかけました。

 当初は科博動物研究部で二十年にわたって進めてきた「日本周辺海域の深海性動物調査」の成果を基に深海性動物の企画展にしようと考えていたのですが、構想段階で海洋研究開発機構の藤倉克則さんに相談して、テーマは「All About 深海」となりました。人類がこれまでどのように深海に挑戦してきたのか、現在一番進んでいる研究を通して深海の何が解明されてきたのか、どんな生物がすんでいるのか、今わかっている「深海のすべて」を、みなさんに見ていただきたいというのが、今回の特別展の趣旨となりました。

 私自身長年ダイオウイカの調査をしてきたので、もちろん、ダイオウイカについての展示も考えていました。そんな中で昨年六月から七月には、前述したNHKスペシャルのプロジェクトに加わり、小笠原・父島沖の深海でダイオウイカの生きている姿を超高感度ハイビジョンカメラで撮影することに挑戦しました。もし撮影に成功した場合、その映像をうまく活用できるように特別展の構成を考えていました。それが本当に実現したのです。

 NHKスペシャルだけではなく、その他の特別番組やニュースでもダイオウイカの姿が放送され、さらに、テレビ以外の様々なメディアに取り上げられて、多くの皆さんの目に触れたことが、深海生物のブームにつながり、ひいては深海への関心も高まったと思います。

 地球表面の約七割は海に覆われていますが、その海について、特に水深二百メートルを超える深海については、まだまだ分からないことが多い。人間が宇宙に飛び出して半世紀以上が過ぎ、遺伝子科学の発展は生命の謎を解明しようとしています。そんな中で、いまだに科学的な調査があまり進んでいない深海は、人類に残された最後のフロンティアだといっても過言ではありません。今後、深海の謎をさらに解明していくためには、何より多くの人たちに深海に対する関心を持ってもらうことが不可欠です。その意味で、特別展「深海」とダイオウイカは深海の神秘を象徴するアイコンとして、大きな役割を果たしてくれたと思います。

 ダイオウイカを十年以上追いかけてきて、様々な試行錯誤の後に、今回深海での奇跡的な遭遇を果たしたことで、私自身に達成感と同時にある種の虚脱感がないと言えば嘘になります。次は何をやるんですかとよく尋ねられますが、六十を過ぎた私の年齢を考えると、同じくらいインパクトがあることを成し遂げるのは難しいのかもしれないと、弱気になることもあります。しかし、考えてみれば、ダイオウイカの研究はまだ始まったばかりです。その泳ぐ姿を鮮明な動画で撮影できたことは、生物学的に考えると大変な成果ですが、一方でわからないことも沢山ある。ダイオウイカのオスとメスがどこで出会い、どこで卵を産み、卵から孵化した子どもはどこで、どのようにして成長し、親になっていくのか。こうした「生活史」を解明していかなければなりません。

 ダイオウイカだけではなく、水深二百メートルから一千メートルの中深層には数多くの大型のイカ類がすんでいるはずですが、こうしたイカ類の生活史もまったくわかっていない。主にマッコウクジラに捕食されているこれらの深海性大型イカ類の総数は、マッコウクジラの胃内容物等から考えて、数億匹から数十億匹にもなると推計されます。

 つまり、この地球上には全人類の総数に匹敵する数の大型のイカ類が生息しているかも知れないのです。そしてこれらのイカ類が海の生態系を支える上で大きな役割を果たしている。こうした大型のイカ類の生態を、是非とも明らかにしたいと考えています。ただし私ひとりでは、とてもできそうにないので、その研究を引き継いでくれる若い研究者が育ってほしいということが、私の希望であり、夢でもあります。

新潮社 波
2013年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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