武将の「本当」は兜にあり

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変り兜

『変り兜』

著者
橋本 麻里 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784106022494
発売日
2013/09/20
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

武将の「本当」は兜にあり

[レビュアー] 本郷和人

 歴史的な人物が「本当は」どんな人だったのか。それを知るのは、実はとてもむずかしい。現代の私たちは「彼や彼女が何をしたか」ならば、かろうじて検証しうる。けれども、人間の振る舞いはその人の本意だけではなく、周囲との関わりにおいて定められる。歴史資料を丹念に読めば、彼や彼女の行動の輪郭をなぞることはできる。だが、それが内在的な欲求に基づくものかどうか、まったく保証の限りではない。

 そこで私は、人間性を解明する手がかりを、彼や彼女がのこした「言葉」に求めたことがあった。言葉は時に率直な感情の発露であり、時に知性そのものであったりする。いつ、いかなる条件のもとにそれは紡ぎだされたか。言葉を慎重に吟味することで、異なる時代に生きた人物のホンネに迫ることができるかもしれない。

 ところが人間は往々にしてより複雑で、心を閉ざしていることがある。自覚すら及ばぬ自我を隠蔽していることもある。こうなると、言葉は必ずしもオールマイティーではない。では、他にないだろうか。文字を媒体としない、何ものか。

 ここで注目されるのが、「遺愛の品々」だと思う。彼や彼女が好んで用いていた、あるいは身につけていた品々が、内面に切り込むヒントを与えてくれるだろう。とくに「晴れの場」でのものであれば、必要にして十分である。生命力が高揚する特別な場においては、人の覚悟・主張・好みが、いつわりなく表現されるだろうから。

 ……まじめくさって書くとそういうことになるが、さてそこで、何は措いても「兜」である。武将にとっての晴れの場とは、もちろん合戦に他ならない。そこにはギリギリの対峙があり、敗者は生命すら失い、勝者は輝かしい未来を獲得する。人生の分岐点となる合戦で身につけた兜には、それ故に、彼らのストーリーが凝縮して表現されている。

 岡山の池田光政といえば、水戸の徳川光圀、会津の保科正之と並び称される、江戸時代前期の名君である。陽明学を信奉し、質素・倹約を説いてやまぬ彼の言葉は、どれも着実で破綻がない。えらい殿様という表の顔と言葉とが調和して綻びを見せないのだが、一方で面白味に欠けることも否めない。ところが、本書のカバー裏、それに110頁に収録された彼の兜を見て、私は仰天した。このデザインセンスはただごとではない。中二病? え、マジンガー? ああ、なるほど。ここには光政の、思いもよらぬ一面が垣間見える。それこそは秘匿されていた、彼の意識の芯なのではないだろうか。

 蒲生氏郷は豊臣秀吉に高く評価され、会津92万石の大大名になった。また千利休に茶を学び、「利休七哲」の筆頭に置かれる文武両道の士でもあった。その氏郷は、新しく召し抱えた者に次のように教訓したという。わが家中には銀の兜をかぶった者がいて、先駆けしてよく働く。彼に負けぬようにして、勇敢に敵と戦え。いざいくさになり新参の士が見ていると、たしかに銀の兜をかぶった武者が、真っ先に敵陣に突き進んでいく。さらによくよく見てみると、それは何と、氏郷本人であった。

 氏郷の銀の兜は、残念ながら伝わっていない。だが、黒く光るもう一つの兜が、本書の栄えある冒頭、1頁を飾っている。そのフォルムは簡にして美、もう「かっこいい!」としか言いようがない。

 戦国時代についての著者の言及は、氏郷の兜に似ている。簡にして美、斬新かつ的確である。著者はそのすぐれた視点を以て、兜を選びぬき、解説する。面白くないわけがない。戦国武将の命がけのおしゃれと遊び心、それに筆者の鋭い歴史理解。そのコラボが本書を生みだした。存分に堪能して頂きたい。

新潮社 芸術新潮
2013年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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