幼な馴染みによる「開かれた皇室」本

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今上天皇 つくらざる尊厳 級友が綴る明仁親王

『今上天皇 つくらざる尊厳 級友が綴る明仁親王』

著者
明石 元紹 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784062187473
発売日
2013/12/06
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

幼な馴染みによる「開かれた皇室」本

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

「召し上がりかたは、お世辞にも上品とは言えず、のろく、よそ見をしながら時間がかかったのを憶えている」

「立場上、すましていたが、仲間のなかでは、女子に興味の強いほうの一人だったと私は思う」

 なんとも率直な証言である。語られている対象が今上天皇だから、いささかびっくりする。最初の引用は初等科低学年、次の引用は高等科在学時のお姿である。

 書き手は学習院の幼稚園から傘寿を迎えた現在に至るまで、最も親しい関係の同級生である。中等科ではヴァイニング夫人から英会話の特別講義を一緒に受け,高等科の馬術部ではよきライバルとして競い合い、社会人になっても、多い年には年四十回近く東宮御所を訪れてポロを一緒に楽しむ。自らを「くだらぬ友人」と謙遜するが、バカ話も心おきなくできる、かけがえのない幼な馴染みである。

 初等科四年の時の水泳で、「同級の仲間よりも優れた自分を初めて発見した。このころから明るく積極性がでて自信もでてきた」と、明仁親王ののろま卒業も見届けている。異性のほうはといえば、こんな情景を書き留めている。

「上級生のなかには、『殿下は性教育を受けていないのでは?』と心配して、馬術部の部室にわざとエロ本(猥褻本)を置いて行くワルイひともいた。ただ実際に読んだかは確証がない」

 自らの見聞による事実をしっかりおさえながら、きわどい線まで伝えるという書きぶりは、この本の中で一貫している。「恥ずかしながら、全文、嘘や誇張を述べていない」という著者の姿勢は好もしく、「開かれた皇室」本のお手本として、長く伝えられる内容が詰まっている。

 どうも「週刊誌天皇制」的エピソードばかり拾っているようで恐縮だが、「英邁な貴公子」「清潔で誠実な」といったステロタイプな像には収まらない「人間天皇」が、本書の中に躍動していることを伝えたかったからだ。

 本書を読んで気づくのは、帝王学の孕む問題である。昭和二十一年、中等科入学時に、少人数の御学友とともに特別な教育をほどこす「御学問所」の設置が予定されていた。昭和天皇の帝王教育に倣ったのである。しかし、マッカーサーが難色を示したために、一生徒としてそのまま中等科に進学し、思春期の少年たちの猥雑な世界に放り込まれる。無菌室状態の御学問所とは様変わりである。「初等科時代と違って、殿下をわざと区別せず、敬語も使わなくなり、ご本人も、それが嬉しい時期でもあった」。

 そこは綽名で呼び合う世界である。ペチャとか、バカヤスとか、ジイサンとか。「そこで殿下も、チャブという綽名が付いた。色が黒く、茶色い素焼きの豚(蚊取り線香の器)という意味である」。

 デレスケという綽名の同級生(といっても落第して同級となる)藤島泰輔は昭和三十一年に出した問題小説『孤獨の人』(現在は岩波現代文庫で読める)で、学習院の校風を「爵・金・顔・人・成績」と紹介している。かかる優雅で野蛮な多元的価値観が横行する世界に明仁親王は晒されていく。

 初等科時代の自信の源が水泳だったように、高等科では馬術部主将としての活躍がその源だった。「人一倍負けず嫌いで、競争心はかなり激し」く、関東高校大会で優勝を勝ちとる。日常活動では、馬術部の補助金予算獲得のために、自治会で演説をぶって説得力を磨く。それなりに楽しい、人並みな学園生活を送ったことがわかる。

 平常心が強く、いつもは穏やかなのに、「本気で怒った」姿を、著者は一回だけ目撃している。正田美智子さんとの婚約祝いを持って馬術部の仲間で押しかけた時のことだ。一人の同級生(本の中では実名を挙げている)の「胸倉を掴んで、文字通り部屋から叩き出してしまった」。オフレコの内輪の話を記事にしたのが、その同級生だったからだ。

 学習院の先輩で、顔見知りの三島由紀夫からご進講を受けることは、はっきり拒否する。「三島さんの思想は、八紘一宇、国民皆兵で、天皇は私的な一家の幸せを求めるものではないというんじゃないかな」という理由で。

 著者は、日露戦争の陰の立役者であった陸軍大将明石元二郎男爵の孫で、初等科時代の日光疎開中には、万が一の場合の「殿下の影武者」と噂されていた(本人は「私は嘘だと思う」と否定しているが)。本書を読めば、今上天皇とは以心伝心の間柄であり、影武者ではないにしても、代弁者としか思えない記述も散見される。「失礼な言い方をすれば、老骨に鞭打って」被災地を訪問されていると健康を心配し、頻繁な海外歴訪の旅について「不躾けに本音を訊」き、「疲れるけどね」という返事を引き出している。著者の宮内庁人事への提言や学習院への苦言も、それゆえ、大事なメッセージなのではないだろうか。

 著者は小泉信三を慕って大学は慶応へ進んだ。そこで縁が途切れなかったのは、小泉信三が御教育参与として「今上陛下の人間形成に最も貢献した」存在だったからだ。小泉は福沢諭吉の『帝室論』を個人教授して、皇室は「政治社外」にあるべきを伝えた人である。

 それで思い出したことがある。昨秋、美智子皇后は誕生日の書面会見で、改憲論議を踏まえ、五日市憲法について言及された。五日市憲法とは自由民権運動から生まれた一憲法私案であり、色川大吉が民衆史の立場から持ち出したものである。そんなに肩入れすべきものなのかどうか。といった質問にも、著者なら率直に答えてくれそうな気がするのである。

新潮社 新潮45
2014年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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