歴代天皇の葬儀が表す死生観の変遷

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天皇と葬儀

『天皇と葬儀』

著者
井上 亮 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/宗教
ISBN
9784106037375
発売日
2013/12/20
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

歴代天皇の葬儀が表す死生観の変遷

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

 昨秋、宮内庁から天皇・皇后両陛下の「ご葬儀」のあり方に関して、国民生活への影響を極力減らすことが望ましいとの両陛下の意向を踏まえ、葬法を土葬から火葬に変更する、「陵」の規模を昭和天皇、香淳皇后陵の八割程度に縮小する、などの発表があった。火葬がほぼ百パーセント普及した現代の日本で、天皇だけは土葬で送られるのが古式であり正式、と国民の多くは思い込んでいただけに、いかにも「国民とともにあること」を常に念じられる今上陛下らしいと受け止められた。

 本書の著者は、元宮内庁長官のいわゆる「富田メモ」スクープで新聞協会賞を受賞した日経新聞の皇室担当記者。記録が残る限りの歴代天皇の葬儀の様子を、各天皇の事跡や当時の政治・文化・国際状況などと結びつけながら通史的にまとめた。おのずとサブタイトルにもある「日本人の死生観」の変遷が浮き彫りになる。葬儀記録の全くない神武天皇などは、論じられていない。

 古代日本の一般的な葬法が風葬や土葬だったのは、間違いない。イザナギが亡き妻イザナミを黄泉の国に訪ね、「蛆たかれる」姿に驚き、逃げ帰るのはその神話的な表現である。天皇葬儀も最初に火葬された持統以前はすべて土葬だった。土葬にともなう殯(もがり)、殯宮(ひんきゅう)儀礼は、墳墓である陵とともに権力を可視化し、権力の継承を告知する重要な場でもあった。

 天皇葬儀に火葬が導入されるようになった第一の機縁はもちろん仏教であるが、仏教以外にケガレ観念の定着も見逃せない。たとえ殯宮の場であれ、死体に近接するそのことがケガレではないかと懸念されたのだ。火葬だと死体に近づかないですむ。以来、火葬と土葬は互いに変転を繰り返す。持統以後八十八人の天皇中、火葬と判明するのは四十四人(宮内庁発表では四十六人)に及ぶ。

 その際、必ずしも仏式=火葬、非仏式=土葬というわけではない。仏式で土葬という組み合わせも大いにありうる。とりわけ鎌倉期以降、泉涌寺が天皇の葬儀を専業的に仕切るようになってからの土葬は、明らかにそうである。

 ここでちょっと驚くのは、平安期に上皇制ができて以来、「天皇は死なない」状況が生まれたという指摘だ。院(上皇)は亡くなるけれど、天皇は譲位し、あるいは譲位を強いられることで、結果的に死を免れる。したがって葬儀もない。今も日本人の抱きがちな天皇永遠観の、淵源の一つかもしれない。

 驚きついでに――。明治天皇陵は天智陵をモデルに上円下方墳と決められ、その形状は大正、昭和天皇陵にも踏襲された。ところが明治の測量で上円とされた部分が、現代の計測では八角形だと判明。ホブズボウムの語るように伝統とは多分に「創られた伝統」であるらしい。

新潮社 新潮45
2014年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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