免疫系を狂わせた「寄生生物の不在」

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

寄生虫なき病

『寄生虫なき病』

著者
Velasquez-Manoff, Moises赤根, 洋子, 1958-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163900353
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

免疫系を狂わせた「寄生生物の不在」

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 表紙が気持ち悪い寄生虫の写真で、タイトルが「寄生虫なき病」。それだけで本書を手に取ることをやめてしまう人がいるとしたら、あまりにももったいない。寄生虫は確かに重要な役割を占めるが、本書の主人公はあくまで微生物やウイルスをも含む、寄生生物である。

 人の腸内には古細菌やウイルスなどが千種類、総数では百兆個もの寄生生物が住みついている。人類発祥以来の長い歴史の中で、ヒトはこれらの寄生生物と「共生」してきた。それらは生態系ともいえる絶妙のバランスで維持されてきたが、産業革命以来の衛生革命によって急速に失われつつある。人類は、コレラ、マラリア、結核などの伝染病を克服しつつあるが、それとトレードオフするかのように、花粉症、アトピー性皮膚炎、クローン病、潰瘍性大腸炎などのアレルギー疾患や自己免疫疾患に悩まされている。

 全身型脱毛症、花粉症、アトピー性皮膚炎に苦しめられてきた著者は、寄生虫・細菌・ウイルスと免疫に関わる論文八千五百本を読み漁り、多くの科学者にインタビューを試みた。その結論が「“人類の旧友”とでもいうべき寄生虫などの寄生生物の不在が、新しい病を生み出している」という仮説だった。そしてジャーナリスト魂から、実際に寄生虫を自分の体に入れることを決断する。

 本書の面白さは、この仮説に至るまで、著者が「証拠」を緻密に検証していく過程である。その緻密さゆえに、難しい内容もすんなり頭に入ってくる。自己免疫疾患だけではなく、うつ病や自閉症、肥満、それにガンや糖尿病までも“旧友”の不在によって引き起こされた可能性を証明する部分の説得力は驚くほどだ。最終章では、実際に寄生虫を体内に入れた著者がその効果について冷静な見解を述べている。読了した直後から、私は本書で述べられていることを誰かに伝えたいあまり、何かにつけ「それは寄生虫がいないからだよ」と発言しまくっている。

新潮社 新潮45
2014年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク