戦時エリートが生んだ「インテリジェンス」

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六

『私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』

著者
佐藤 優 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784062148993
発売日
2014/08/08
価格
2,484円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

戦時エリートが生んだ「インテリジェンス」

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 外務省という組織にとっては裏切り者といっていいエリート外交官OBが、この本の主人公である。吉野文六元アメリカ局長、勲一等瑞宝章受章者。国家に貢献大と認められた吉野は、〇六年、沖縄返還当時の密約の存在をついに認めて「国家の嘘」を証言し、元毎日新聞記者の西山太吉の名誉回復に一役買った。

 吉野の家に通って、本書の話の引き出し役となったのが佐藤優。かつて「起訴休職外務事務官」なる肩書きを愛用し、外務省の裏とオモテに通暁する、強面のノンキャリ・佐藤優が、よりによって『私が最も尊敬する外交官』と題して、吉野の若き日にスポットを当てた。二人が共有したものは、「国民に嘘をつく国家は滅びる」という危機意識だった。吉野が直面した「国家の崩壊」は、外交官としての初任地だったナチス・ドイツである。

 佐藤は入省前の吉野の経歴に、まずたっぷりページを割く。一高を目ざさず地元の旧制松本高校へ。松高時代の経験論やプラグマティズムへの傾倒、世界の動向欄を担当した東京帝大新聞記者の経験(文学者や評論家を輩出した大学新聞だ)、日米学生会議への出席、法学部緑会の懸賞論文で二席となる(三年前に丸山眞男も二席だった)等々。ガリ勉秀才ではない、余裕の教養主義青年像を紡ぎだす。外務官僚の回想録といえば、ほとんど「自慢話の羅列」で「読むだけ時間の無駄」なのだが、この本は違いますよ、と軽いジャブが入る。

 昭和十六年、開戦の年の初頭に吉野は外務省に入省する。若き外交官の卵が接した、歴史上の外交当事者の横顔が印象深い。松岡洋右、野村吉三郎、奥村勝蔵。松岡外相は「外交官というのは辛い商売だ」「仕事のためにはなんでもしなきゃいかん」と気さくに話しかける、魅力的な人物だった。世評とは大違いで、吉野は今でも親しみを覚える。野村駐米大使は開戦半年前に、戦争の予感をポロリと洩らす。対米宣戦通告を一人タイプした奥村は、新車のスポーツカーを運転し、アメリカ式の生活様式をエンジョイする青年外交官だった。

 吉野がワシントンに寄ったのは、ソ連の通過査証が取れず、アメリカ経由でベルリンを目ざしたためだ。大陸横断列車のとある駅で吉野は不思議な体験をする。共産党員を名乗る男が近づいてきて「アメリカが原子爆弾を開発している」と耳打ちする。佐藤はこのエピソードに飛びつく。その男はFBI関係者ではないか。日本の外交官を監視、観察するインテリジェンス工作の一端だろうと。

 佐藤は国際情報戦の最前線にことさら敏感である。それは本書のあちこちに顔を出し、読みどころとなる。インテリジェンスの目を導入することで、歳月のかなたの歴史が、なまぐさく動き出す。戦後はインテリジェンス軽視となった外務省だが、吉野から聞いた須磨彌吉郎スペイン公使の資金豊富なスパイ網づくりに佐藤は反応する。戦前の外務省のスパイ能力は英米に劣らなかった。須磨情報については、佐藤は既に左遷先の外交史料館で、暇にまかせて外交電報を読み漁っていたのだ。

 吉野は昭和十六年五月末にベルリンに到着した。ヒトラー崇拝者の大島浩大使は、会話力の不足を豪快な酒で補う才能の持ち主だった。「外交の選択肢に戦争も含めて考えるべきである」というのが持論だった。「松岡がこないだ来た」と上司の大臣を呼び捨てにして非難した。大島はヒトラー周辺から正確な情報を得ていて、独ソ戦開始を予言する。

 吉野が大島のもとで働くのはまだ三年先である。ドイツ各地の大学で大学生生活を送り、民情を知り、語学を鍛える。「吉野たち外務省研修生は同世代の日本人青年たちと比較して、遥かに恵まれた環境をあたえられ」て、エリートとしての自覚を持っていった。

 本書の圧巻は、やはりベルリン大使館勤務になってから、それもベルリン陥落の日々である。修羅場では、その人間性が現われる。大島大使たちはドイツ政府の意向で、大使館を移転させる。吉野ら残留組へ出された指示には、ベルリンの邦人保護という大使館業務の最重要事項が欠けていた。それどころか「倉庫の酒と肴を避難先まで持ってこい」。命がけの、バカバカしい任務。若い吉野は二回もその任務についた。ねぎらいの言葉さえなかった。この程度の人物が「強引に日独の軍事同盟を推し進め、日本を戦争へと引きずり込む上で大きな役割を果たしていたという事実を歴史にきちんと刻み込んでおく必要がある」。

 吉野は帰国途中、ハルビンで宮川舩夫総領事に出会う。もうすぐソ連軍が来ると告げた宮川は、その一年前からソ連参戦を重光葵外相、東郷茂徳外相に伝達していた。ソ連の和平仲介に望みを託した政府と外務省は、宮川の意見に耳を傾けることはなかった。

 宮川は佐藤にとって、もう一人の「私が最も尊敬する外交官」であろう。ロシア・スクールのトップの逸材であり、しかも、ノンキャリ。佐藤にとって最も共感するところの多い存在である。宮川の能力は国益のために活かされることはなかった。宮川はソ連に不当逮捕され、インテリジェンスに従事した外交官として、ソ連当局は「事実上、宮川を処刑した」。

 佐藤は自らを「外務省の文化も熟知しているつもり」と書いている。その佐藤による「尊敬する外交官」という理想像を通しての外務省論でもある。外務省界隈の方々が読んだなら、隠されているメッセージに気づき、震えあがる内容なのかもしれない。

新潮社 新潮45
2014年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加