習近平が手にした確固たる権力

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十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争

『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』

著者
峯村 健司 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093897549
発売日
2015/02/26
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

習近平が手にした確固たる権力

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 十三億人の頂点に立つ父と、国民的美人歌手にして人民解放軍の将軍でもある母との間に生まれた一人っ子、その女性がすぐ目の前にいる。幸いなことに(?)、父親ではなく母親似だ。直撃して、肉声をとれれば、世界的スクープだ。

 朝日新聞の北京特派員として「胡錦濤の完全引退」をスクープした峯村健司記者の中国本は、名門ハーバード大学卒業式の緊張した取材シーンから始まる。現場取材をモットーにして、北京の奥の院「中南海」で展開される共産党最高幹部たちの権力闘争をウォッチしてきた記者らしい臨場感である。

 一人娘の習明沢は偽名を使い、心理学を学んでいるらしい。峯村記者は彼女に接触すべく大教室に潜入する。箝口令が厳しく敷かれ、みな口が重い。やっと一人の女子学生と親しくなり、七回目のランチで、確実な情報を得る。「でもお願いがあるの。卒業するまではそっとしておいて」。情報源との約束を守り、その解禁日が卒業式となるのだ。

「卒業おめでとう」と、さりげなく声をかける。たちまち、行く手を長身の中国人二人に塞がれる。ボディーガードに遮られるうちに、習明沢は遠ざかってしまう。これがスクープ未満の顛末である。権力者やその家族への直接取材が不可能な中国にあって、外国のアメリカでとはいえ、これでも取材はほぼ成功といえるのだ。中国取材の難易度の高さがよくわかるケースだ。

 本書は、導入部はアメリカ、途中から本丸の中国が舞台となる。取材の自由度は圧倒的にアメリカ国内にある。峯村記者はロサンゼルス郊外にある中国人の「愛人村」にも潜入する。二億円もする物件に若くて美人の中国人が一人で暮らしている。中国の高官や富豪の二号さんたちだ。英語もよくできない彼女たちは、時たまやってくる旦那さまの資産の守り役であり、汚職で身に危険が及んだ時の逃亡先の管理人でもあるのだ。富裕層の移民に伴う流出資産は、日本の税収を上まわる年間五十四兆円と試算されている。カネと権力をわがものにする中国人たちが最も信頼している国、それが皮肉にも、自由と資本主義の国アメリカなのだ。

 習明沢の父親である習近平については、本書は今まで日本で語られてきた習近平像とは大きく異なっている。「習近平の権力は強い」――アメリカの政府や研究者の認識はそう一致しているとし、「前任の胡錦濤、その前の江沢民と比べても、習近平は権力基盤を築くのがきわめて早く、より強固だと言えます」という言を紹介している。その事情は「胡錦濤の完全引退」と大きくかかわっている。

 トウ小平による院政、つづく江沢民による院政が、中国の権力の不可侵の玉座だった。胡錦濤は治世の十年間、尊大なる江沢民に煮え湯を飲まされ続けてきた。二〇一二年秋の胡錦濤から習近平への政権交代は、その院政時代の終焉をもたらす。胡錦濤は自らの完全引退(院政を布くのをあきらめる)と引き換えに、江沢民の「首」を道連れにしたのだ。

 その前後の生臭い経緯は、本書の中に見てきたように描かれている。“漁夫の利”を得た習近平は、「不死身の皇帝」江沢民から自派の大物たちの救済を乞う電話にさえ、無言のうちに受話器を下ろす。二〇一四年の国慶節を報じた国営メディアは、江沢民を「党と国家の指導的職務を退いた」とわざわざ紹介した。江沢民はいま自らの地盤である軍の病院を転々として、当局の追及を避けるのに手一杯だとのことである。

 習近平の権力奪取の政治的手腕は、長老たちの支持をとりつけ、部下の能力を引き出すことに長けた、そのキャラクターに負うところが大きいと見ている。「人事の佐藤(栄作)」ではないが、「人事の習近平」という見立てだ。

 習近平政権となって、昨日までの支配者たちが次々と軍門に降っている。かつての兄貴分・薄熙来は無期懲役、胡錦濤の側近・令計画は解任、人民解放軍のナンバーツー・徐才厚は党籍剥奪(後に病死)、江沢民が電話で助命嘆願した石油閥の総帥・周永康は巨額の賄賂を受け取り、故意に国家機密を漏洩したとして起訴された。周永康の場合、党の最高幹部経験者には罪が及ばないという不文律が無視された。

 矢吹晋・高橋博『中共政権の爛熟・腐敗――習近平「虎退治」の闇を切り裂く』(蒼蒼社)によると、周永康スキャンダルは、二十八歳年下の妻、複数の愛人、招致された証人がいずれも電視台の美女だというオマケまでついた。日本でいえば、女子アナが次々とその裏の顔を剥がされるといった図なのだ。裁判は劇場化されて、人民のガス抜きになるのだろうか。

 習近平の「虎退治」は、人治国家中国を法治国家に変えるのか。それならばめでたい限りだが、派閥抗争の正当化の面が強く、法治に名を借りた人治という疑いは拭いきれない。中国の相変わらずの言論統制の苛烈さ、軍による尖閣諸島などの威嚇など、習近平体制には確固たる権力を確立した余裕は感じられない。

 それにしても思い出すのは、アメリカの中国過大評価の歴史である。ルーズヴェルト大統領に代表される「中国を愛しすぎた」歴史への危惧は、本書を読みおえても消えなかった。

 失脚した薄熙来の息子は遊び人のハーバード大学院生だったが、父の事件発覚後、著名な学者の自宅に駆け込んだと峯村記者は書いている。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ヴォーゲル宅だ。ヴォーゲルはいまや『トウ小平』の著者であることは言うまでもない。

新潮社 新潮45
2015年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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