遠い触覚 [著]保坂和志

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遠い触覚

『遠い触覚』

著者
保坂 和志 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309024080
発売日
2015/09/16
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

遠い触覚 [著]保坂和志

 保坂和志は、なんでもすぐにわかろうとしがちな、せわしない人間を立ち止まらせてくれる作家だ。わからなさの、わからないがゆえに面白いにちがいない要素のあれこれに、悠長な構えでいろいろな角度から少しずつ近づいていく。近づいて、そしてまた、遠のいてみせる。

〈「わからない」にはもう一つのベクトルがあり、その「わからない」には「わかる」という対はなく、「わからない」ゆえに思考が先へ先へと進んでゆく。「わからない」とは広い世界へ出ていく出口だ〉

 保坂和志がデイヴィッド・リンチの映画を観て考えた文章を中心に収めた『遠い触覚』を読みながら、わたしは何度も何度も立ち止まり、同じ箇所を幾度も幾度も読み返し、なかなか先に進むことができなかった。

〈作品について語られるときその馴染まなさが飛ばされて何ものかとしていきなり語られ出すのはおかしい。(中略)作品は簡単には馴染まないものとして作者によって制作された。受け手はその馴染まないものと自分の気持ちとの押したり引いたりみたいなことをする〉という文章そのままのことが、この本を読むと、おそらく誰の身にも起こる。リンチの映画や尊敬する小島信夫、逝ってしまった愛猫たちなどについて書く時、保坂和志はわかりやすい言葉や通りのいい考え方を決して用いない。

〈デイヴイッド・リンチの映画は、観る側が理解しきれないように作られているとしか思えないのだから、(中略)何かを理解したように書いてしまった途端に、リンチの映画そのものは遠ざかる〉という文章は、保坂作品そのものを指しており、わたしはこの本に書かれた多くのことがわからなかった。しかし、「わからない」ということは「つまらない」にはつながらない。逆だ。保坂和志が提示するわからなさは、読み手の心身を世界に向かって開かせてくれるのだ。時の風化に耐えて読み継がれる多くの名著さながらに。

新潮社 週刊新潮
2015年11月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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