自殺率急上昇の近未来日本 死と隣り合わせの切ない青春

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チャンキ = Chianki

『チャンキ = Chianki』

著者
森, 達也, 1956-
出版社
新潮社
ISBN
9784104662036
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

自殺率急上昇の近未来日本 死と隣り合わせの切ない青春

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 最初に問題。世界でいちばん自殺率の高い国(地域)はどこか? 答えはグリーンランド。年間自殺者数は人ロ10万人あたり83人とダントツで、3位の韓国の約3倍、日本の約4倍にあたる。国や地域でどうしてこんなに差が出るのか、諸説あるが、本当の理由はよくわからない。

 では、もしある日突然、自分の国の自殺率が急上昇しはじめたら?

 ――という仮定から出発するのが、ドキュメンタリー作家・森達也の初めての長編小説『チャンキ』。

 舞台は2033年の日本。強烈な自殺衝動に襲われる原因不明の症候群「タナトス」が蔓延し、ここ20年ほど自殺率が急上昇。5年前には年間の自殺者が300万人に達し、今も年間200万人が自死する。タナトスに罹患するのは、日本国籍を持つ(持っていたことがある)人間だけ。日本人なら、国外に出ても、国籍を離脱しても逃れられない。海外からの旅行者は激減し、外資系企業も撤退。GDPは急落し、日本はゆるやかに滅びつつある。

 そんな陰鬱な未来を深刻に描く小説かと言えば、さにあらず。主人公は高校3年生のチャンキ。頭にあるのは、人生初のキスを交わしたばかりの恋人・梨恵子との仲をさらに進めて、童貞を卒業すること。でないと、柔道部で最後の未経験者になりかねない。からからに渇いた喉からかすれ声を絞り出してホテルに誘うが、勝ち気で弁の立つ梨恵子の前にあえなく玉砕――という懐かしい青春の日々が、コミカルかつ瑞々しく描かれる。行きつけの中華料理屋で大メシ食らって煙草をふかし、マクドナルドでデートし、柔道の試合で惨敗し、梨恵子がなかなかヤラせてくれないのでつい他の子に浮気しそうになり……と、童貞小説としてとにかく素晴らしい。

 だが、この時代、同級生の誰がタナトスに襲われてもおかしくない。10代後半で自殺する率はほぼ2割。死と隣り合わせの青春……。やがて、タナトスの恐ろしい力をチャンキ自身も間近に目撃することになる。生々しく描かれる無惨な死。

 それにしてもなぜ日本人だけなのか? そもそも日本人とは何か? タナトスの意味とは? チャンキと梨恵子が、忌避されている地区を訪れる中盤から、物語は核心へと向かいはじめる。SF的に明解な謎解きが用意されているわけではないが、ここには、突拍子もない設定だからこそ描ける真実がある。現在の日本ともまっすぐにつながる、愛おしくも切ない青春小説。

森達也
もり・たつや
1956年、広島県生まれ。立教大学卒業。ドキュメンタリー映画監督、作家。2010年、『A3』で講談社ノンフィクション賞を受賞。

新潮社 週刊新潮
2015年11月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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