『ジゴロとジゴレット』
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【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】ジゴロとジゴレット モーム傑作選 [著]サマセット・モーム
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
このところまたモーム(一八七四―一九六五)の人気が復活している。次々に新訳が出ている。
モームの魅力は大人の文学にある。人間を白か黒かでとらえない。欠点や愚行を含めて人間を愛そうとする。だから読後感がいい。
多様な人間が登場する。貴族、軍人、芸人、メリイ・ウイドウ、政治家、さらには犯罪者。人間通の深みがある。
八篇の短篇から成る。まず「アンティーブの三人の太った女」が笑わせる。南仏の保養地に三人の裕福な女性がやって来る。懸命にダイエットに励む。
そこに陽気な未亡人が現われる。好きなものを好きなだけ食べ、平然としている。三人は彼女のおおらかさに圧倒され、また猛然と食べ始める。
「征服されざる者」は一転してシリアス。第二次世界大戦下のフランスで占領軍のドイツ兵がフランス人の女性を犯し、子供を孕ませてしまう。ドイツ兵は彼女を愛し、なんと結婚を申し込む。無論、女性は拒否し続ける。ヴェルコールの『海の沈黙』を思わせる。
このドイツ兵を意外や好人物に描いているのがモームらしい。
「サナトリウム」はプレイボーイが結核で余命が限られていると知り、同じ病院に入院中の美しい女性と結婚する、心あたたまる物語。他方、「良心の問題」は友人を裏切った後悔から、妻を殺してしまった男の告白。モームは世界各地を旅したが、この作品もフランス領ギアナの刑務所を舞台にしている。モームの良きコスモポリタンぶりが出ている。
表題作は、一見はなやかだが、実は人生の裏通りを生きている若い芸人夫婦の切ない物語。女は高い飛び込み台から真下の小さな、深さが一メートル半しかない水槽に飛び込む。一歩間違えれば死んでしまう。見物人はどこかでその惨事を期待している。若い二人は以前、マラソン・ダンスに出ていたこともあった。映画にもなったホレス・マッコイの「彼らは廃馬を撃つ」を思わせる。
最高に愉快なのは「ジェイン」。五十歳過ぎの地味な女性が社交界の花形に。