この世にたやすい仕事はない [著]津村記久子

レビュー

6
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この世にたやすい仕事はない

『この世にたやすい仕事はない』

著者
津村 記久子 [著]
出版社
日本経済新聞出版社
ISBN
9784532171360
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

この世にたやすい仕事はない [著]津村記久子

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 燃え尽き症候群のような状態になって前職を辞めた「私」は、職業安定所の相談員に〈一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事〉という希望条件を出す。紹介されたのは小説家の日常生活を監視する業務で……。芥川賞受賞作の『ポトスライムの舟』、名字も生年月日も身長も同じ男女の一年間を切り取った『ワーカーズ・ダイジェスト』など、働く人の現実をユニークな視点で描く津村記久子の最新作は、三十代女性の職探しをめぐる冒険小説だ。「私」の体験する五つの仕事がいずれも奇妙でありながらどこかに存在しそうな細部を持っていて引き込まれてしまう。

 なんといっても楽しそうなのは〈おかきの袋の話題を考える仕事〉だ。おかきの袋の裏側に、ちょっとした豆知識が印刷してある。その豆知識のネタを選び、文章を書くのだ。。パッケージに軽い読み物を付けるのは、お菓子や清涼飲料水でよく使われている販促手法だからリアリティがある。国際ニュースから日本の毒草まで、抽出されているのは小説ならではの遊び心あふれる雑学ばかり。例えば、塩せんべいの袋にロシアのパンクロックグループの経歴が刷られている図を想像すると可笑しい。「私」が従業員の話をヒントに提案した新シリーズは、実際にヒットしそうで胸が躍る。おかきの会社は前の職場よりも待遇がよく、商品は美味しく、社内の雰囲気も悪くない。「私」はやりがいを感じ、もっとがんばろうと思うが結局は辞める。

 相談員に仕事と愛憎関係に陥らないように助言されたのに、感情移入しすぎて、距離感を見失ってしまったのだ。どうしたら心が折れず、病気にもならず、仕事と適切な関係が築けるのだろう。「私」の問いが行き着くところに説得力がある。読み終わると、タイトルをもう一度噛み締めずにはいられない。この世にたやすい仕事はないが、難しさのなかに希望も隠れている。

新潮社 週刊新潮
2015年11月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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