『双頭の蜥蜴』
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『校舎の静脈』
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『双頭の蜥蜴』乾石智子/『校舎の静脈』日和聡子
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
乾石智子『双頭の蜥蜴(サラマンダー)』(講談社)は、少女が異世界を旅して成長する王道のファンタジー小説だ。主人公のシエラはニューヨークに住む高校生。兄の死をきっかけに母から疎まれ、唯一心を許せた親友も失い、孤独にさいなまれていた。ある日、不思議な老婆に導かれ、シエラは祈りを込めた石が人々を動かすヴェレスという世界へ飛ぶ。彼女は特別な石を創りだす特別な力を持った〈石の司〉だった。
タイトルの〈双頭の蜥蜴〉とは、シエラの胸にあらわれる奇怪な生きものを指す。胴体はひとつで、頭はふたつの蜥蜴。赤い頭は憎しみの炎を、青緑の頭は罪悪感の毒霧を吐く。自分のなかに醜い双頭の蜥蜴を飼いながら、シエラは石に悪意を吹き込む〈蛇紋石を磨く者〉と戦う。少女がこれまで知らなかった感情を知り、さまざまな人と出会い、恋も体験して、すべての問題が解決することはないけれど、現実に立ち向かう勇気を得るまでの物語。明快で迷いを感じさせない筆致が心地いい。
ストーリー展開の鍵となる石の描写にも引き込まれた。シエラが老婆に授けられた空の色をしたトルコ石、暗黒星雲に抱かれた青い星雲のようなクリソコーラ、金色の針が入ったルチルクォーツ。どれも実在する石だ。スピリチュアルな意味合いのパワーストーンには興味がないけれど、人間の生命よりずっと長い時間を内包した石そのものの美しさに魅入られてしまう。
日和聡子『校舎の静脈』(新潮社)は『螺法四千年記』で野間文芸新人賞を受賞した作家による幻想小説集だ。語り手が公園で見つけた兎の巣穴について思いを巡らせる「兎」、河童の工房に人魚が御用聞きに伺う「湖畔情景」、年男が猫になった母と邂逅する「若水」、表題作の四編を収録。著者は詩人でもあり、人魚の使う言葉などユニークで生き生きとしている。
「校舎の静脈」は中学校を舞台にした群像劇だ。生徒から生徒へ素早く視点を移しつつ、ふたつの伝説が語られる。ひとつは中に入った者がタイムスリップするという給食運搬用のリフトの話、もうひとつは屋上のフェンスを越えて飛び降りては涼しい顔で校舎へ戻っていく安行(あぎょう)という男の話。鞄を盗まれた生徒や、自分をいなくさせてしまいたいと願う生徒がいて、教室にはどことなく不穏な空気がたちこめている。
蓼井蓮果という生徒が安行の伝説を直流電流にたとえるくだりが心に残った。一種の交流電動機である校舎を〈延延と流れる直流電流に乗って安行という電荷が運動している。その電荷は周囲に電界をつくり、絶えず奇妙な運動をし続けて、それによって、目には見えないおかしな磁界をまわりに発生させているのだ〉という。校舎という閉鎖的で謎めいた異界を際立たせる、新鮮な表現に満ちた一編だ。