みんなで食べるとおいしいね

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介護民俗学へようこそ!

『介護民俗学へようこそ!』

著者
六車 由実 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103395119
発売日
2015/08/27
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

みんなで食べるとおいしいね

[レビュアー] 岡野雄一(漫画家)

 期せずして戦後七〇年の節目にこの本が出された事を、不思議な思いで読み進めました。ラジオから流れて来る、広島、長崎で、被爆を語り継ぐ人たちがどんどん少なくなっているというニュースを聞きながら、読み進めていると、この本に出て来るおばあちゃんやおじいちゃんもまさしく同じで、戦前戦中戦後と生き抜いて来たそれぞれの人生がどれだけかけがえのないものであるか、六車由実さんの「聞き書き」により、いろんな形で浮き彫りになってきます。

 大学で民俗学を研究していた六車さんは、介護の世界に身を置いて、高齢者の介護施設が民俗学の宝庫である事に気づき「介護民俗学」を提唱。現在は静岡県沼津市にある民家型小規模デイサービス施設「すまいるほーむ」の管理者として、スタッフの方と共に、介護の仕事をしながら「聞き書き」を中心としたさまざまな試みで、利用者であるお年寄りの人生を鮮やかに掘り起こしていきます。

 例えば利用者それぞれの「思い出の味」を再現して、皆で味わおうという試み。利用者のひとりハルコさんの思い出の味「しらや」(白和え)の事を聞いてるうちに挺身隊という言葉が出て来ます。ハルコさんは、子守りと畑仕事から逃げたくて、国民学校高等科を卒業と同時に挺身隊に自ら応募し、寮住まいしながら軍需工場で働きます。

 僕の母もよく、子守りと畑仕事から逃げたくて満州に行きたかったと言ってました。満州に行けなかった母は、終戦後に遠戚の男と結婚する事でやっとその状況から逃(のが)れたんですけどね(笑)。この本のいたるところに、同時代を生きた母を思い出す箇所があります。

 軍需工場で大砲の弾を塗装したり手榴弾や焼夷弾を作る他に携わった風船爆弾の事をイキイキと語るハルコさん、憲兵隊の目を盗んで朝鮮人女子勤労挺身隊の少女たちに自分の弁当を分けてあげるさか江さん、挺身隊に居ながら明るくオシャレを忘れずにマイペースを貫いていた年江さん。

 挺身隊という言葉をキーワードに、七〇年以上前の戦時下の少女たちの、今の少女たちと少しも変わらぬ息遣いとそれぞれの個性が立ち上がって来ます。六車さんとスタッフは、目の前のおばあちゃんと一緒に、少女時代のおばあちゃんに会いに行きます。

 もちろんこれは、この本のたくさんのエピソードの中の、ほんの一例です。

 禿げた息子が車椅子の母親に会いに行くという僕の漫画が話題になり始めた時、こんな地味な漫画が何で?という疑問にこう答えて下さった方がいました。「介護関係の本はたくさん出ているけど、介護の道に進みたいという若い人になかなか教えにくい事がある。それは、彼ら彼女らの目の前に居るおじいちゃんおばあちゃんが、どういう人生を経て今ここに居るのかという事に想いを馳せる。それをこの本は教えてくれる」その言葉は今でも漫画を描く上での指針となっています。

 そしてすまいるほーむでなされている、聞き書きを中心としたいろんな試みはまさに、利用者のお年寄りの、ひとりひとりの人生に想いを馳せる事、想いを共有する事から成り立っています。

 思い出の味の再現のエピソードも、涙と笑いが絶妙な味付けになっていて、レシピが人生そのものなのです。そしてシンプルなひとこと「みんなで食べるとおいしいね」が実感として頁から伝わって来て胸を打つのは、老いの後に待っている「死」を、行間に、隠し味として感じるからなのです。

 すまいるほーむに集うおばあちゃんおじいちゃんの愛しさは、試行錯誤しながらひとりひとりの人生に向き合う六車さんの、生を、老いを、死を、肯定して共感する、愛に溢れた豊かな感性によるものだと思います。

 かつて母が入る施設を探してた時、ある施設で僕が入所希望者と間違えられた事のある団塊の世代としては、すまいるほーむに居心地の良さを感じる事しきりなのです。

新潮社 波
2015年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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