人前で話す恐怖に負けないために 『【決定版カーネギー】話す力:自分の言葉を引き出す方法』

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決定版カーネギー 話す力

『決定版カーネギー 話す力』

著者
D・カーネギー [著]/東条 健一 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784105066529
発売日
2015/08/27
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人前で話す恐怖に負けないために

[レビュアー] 吉田尚記(ニッポン放送アナウンサー)

 人前で話す機会が欲しくてウズウズしている人、って、どれくらいいるのでしょうか?

「学級委員になりたい人!」という先生の問いかけに対して、小学4年生までは一斉に手が上がっていたのに、5年生になった途端に誰も手を上げないのを見て衝撃を受けたことがありますが、ほとんどの大人は、可能な限り、人前で喋りたくないのではないでしょうか。

 でも同時に、そのことから逃げているのが、自分の最大の弱点だ、と薄々気づいている人も少なくないでしょう。

「話す力がほしい」と思う人の本当のニーズは、本書でも指摘されていますが、「人前でも安心感や解放感を得たい」ということじゃないでしょうか。「話す力」は、突然人前で喋らなければならない、というあの恐ろしい状況に負けずに安心して過ごすための力なのです。

 こんなことを言っている私は、ラジオ局のアナウンサーです。イベントの司会は年に100本以上、スピーチ的なことも、最近は授業的なこともやらせて頂いていたり、そもそも毎日、オールナイトニッポンの直前の1時間、年に200回以上の生放送を担当させて頂いています。

 また僭越ながら、今年『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』という本を出版させていただきまして、おかげさまで一部では上半期売上ベスト10に入るなど多くの方に読んでいただいたのですが、この『なぜ楽』は、いわゆるコミュ障、コミュニケーションに悩んでいる人間に贈る本です。スピーチではなく、1対1、もしくは少人数での会話を取り扱った本で、その内容のひとつは「自己主張はいらない」ということ。コミュニケーションを自己表現と考えるのではなく、相手と呼吸を合わせて、気持ちよくなるためのゲームと考えましょう、という本でした。

 実はこの本には、まだ書いてない先がありました。

 それは、どうしても「伝えなければいけないことがある」場合について。カーネギーのこの『話す力』は、まさにその自己主張がある場合についての本なのです。そして、私が毎日行なっている仕事は、まさにそのスピーチです。

 一応プロの端くれとして、自分の専門分野のハウツー本として見ると、「それは言われないと気付かないかも!」と思うことや、「私もそれを言うべきだと思ってた!」ということのオンパレード。具体的で、実用的です。

 何項目か上げましょう。「スピーチは、聴衆にイエスと言わせる共通点から入る」――これ、前説の基本中の基本です。「対象について、スピーチに登場する外側の知識も持っておくべき」――言葉にしていない知識が、スピーチの詳細を精緻にしてくれることはよくあります。「聴衆は、自分が見つけた、と思うことを強く信じる傾向がある」――ラジオの演出法に「これって○○なんですよー」としたり顔で言うより、「えっ!? これって○○なの!?」とリスナーと一緒に驚いたほうが何倍も伝わる、というものがあります。これらの生々しいテクニックの数々が、何十年も前に書かれた原書に載っているとは、驚きです。

 ただ、こうしたある意味小手先のテクニックを越えて、この本には、スピーチの本質そのものが、ズバリと書いてありました。

 曰く「メッセージを持つ」こと。

 伝えたいメッセージがある人は、その場に立つだけで、相手に何かが伝わります。また、メッセージのある良いスピーチは、必ず、一言の言葉に要約できるのです。

 もちろんスピーチのためにメッセージを持つのでは本末転倒です。どんな人でも、生きている限り、たった一つのメッセージを持っています。あるディレクターは、「オレがキューを振った相手は、どんなことがあっても一生面倒を見る」と臆面もなく宣言していました。ある意味、社会人としては荒唐無稽です。でも、間違いなくそのディレクターはそれを信じていましたし、何より、この人の作る番組は、人を動かしていたのです。

 その人に宿ってしまうメッセージは、実際に実現可能か、社会倫理に反していないか、なんて基準を飛び越えています。そのメッセージに自分で気づいたときの解放感は、人生の真実に触れたような感覚をもたらしてくれます。

 スピーチを通じて、自分に本当に宿っているメッセージに気づかせ、そして気づいた人を解放する。この本は「スピーチ道」の本、と言っていいのではないでしょうか。

新潮社 波
2015年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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