「知」は人を解放する

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いま生きる階級論

『いま生きる階級論』

著者
佐藤 優 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104752096
発売日
2015/06/30
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「知」は人を解放する

[レビュアー] 香山リカ(精神科医、立教大学教授)

 満員電車で出勤し上司のパワハラに耐えながら一心不乱に働いても、収入は家族でギリギリ生活できる程度。会社全体は「過去最高の営業利益」だそうだが、給料は上がらない。悪いのは経営方針かアベノミクスか、はたまた自分なのか。理不尽な思いが不眠や抑うつ症状にかわり、メンタル科の診察室に駆け込んでくるビジネスパーソンも少なくない。

 著者は、そんな人たちに「つらいときこそ本を読め」と勧める。では、何の本を読むのか。いま流行りのピケティか。たしかに彼の『21世紀の資本』には会社は賃金を五倍から一○倍に引き上げるべきだ、と書いてあるので、それを読んで一時、「そうだそうだ、オレの年収がこんなに低いことが間違いなんだ」と溜飲を下げることはできるかもしれない。しかし、著者によるとピケティは「資本主義のシステムをわかっていない」ので、残念ながら「賃金一○倍」が実現する見込みは皆無だ。

 だとしたら、何を読むべきか。著者はマルクスだという。『いま生きる「資本論」』をさらに深化させた本書では、マルクスは「賃金」をピケティのように儲かった結果の分配とは考えておらず最初から生産論で扱われるので、「生産の段階で賃金は決まってしまう」と繰り返す。つまり、労働者とは自らの労働力を商品としてカネに換えている階級に属する人たちであり、彼らと「資本家」「地主」(実はそのほかに第四の階級「官僚」があるというのも本書の柱)という階級で作る資本主義社会で賃金は自ずと決定されてしまうというのが、資本主義に内在する論理なのである。

 そのことを知らない限り、著者がときどき“潜入”する新橋などの立ち呑み屋で耳にするように、労働者はいつまでも「オレの能力とがんばりでこの安月給、間違ってるよ」とボヤき続けることになってしまう。もっとも、診察室に駆け込んでくる労働者に対して私のような精神科医も、「本当ですよね、おかしいですよね」とその人の傷ついた自己愛をひたすら慰撫しているだけなのかもしれないが……。

 本書では、マルクスの階級論を理解する手がかりとして経済学者・宇野弘蔵の『経済学方法論』をテキストに選び、受講者(本書のベースは六回の講座の講義録だ)たちに解説していく。第一章で引用される序文の冒頭は以下の通りだ。

「経済学の研究が、原理論と段階論と現状分析とに分化されてなされなければならないという、私の主張は、一部の人々によってその反対論が繰り返し続けられている。」

 マルクスと言えばすぐに「マルクス主義」や「革命」といったイデオロギーと結び付けられて語られがちだが、宇野は右のような三段階論を唱え、『資本論』を客観的かつシステマチックに分析することを提唱したのだそうだ。

 著者の狙いは、この宇野理論の紹介ではなく、あくまで資本家に搾取され続け「なぜオレが?」と不満を抱えて、ともすればその怒りを社会的弱者にぶつけて排外主義にまでなるいまの日本の労働者たちに、「君たちの問題はマルクスがすでに階級論として説いている」と語り、その目を啓かせることにあるのだろう。ただ、最初から『資本論』をテキストにすると、「マルクス……ああ、共産党ね」といわゆる色眼鏡で見られる危険性もある。そこで、『資本論』をイデオロギーと切り離して読む宇野弘蔵が“召喚”されたのかもしれない。また、各章で引用される宇野のテキストじたいが論理的ではあるが、決してわかりやすいとはいえない。この骨のある文章をじっくり読み、著者の解説を読んでから、再び読むという手続きを経ることで、著者は受講者や読者に「読書のコツ」を身につけさせようとしているのではないか。

 ここでもうひとつ生まれる疑問が、「そうやって自分の不遇が階級にあることを知ったからといって、それが何になるのだ?」というものだ。その問いに対して、著者の答えは明快だ。

「なぜ、世界はこういうカラクリになっているかがわかれば、窮屈な世界から相当程度は脱け出せ、自由を勝ち取ることができて、今後どんな生き方をしていくか、どんな人生の選択をしていくか、自分の頭で考えられるようになるわけです。」

 ちなみに評者は、個人的につらい時期に本書を読んだ。最初は引用される宇野の文章もさっぱり理解できず、つらさがさらに増す思いだったが、著者の導きで読み進むうち次第にその意味がわかるようになってきて、再読して前半部もすんなり理解できるとわかったとき、うれしくて涙が出て気持ちが晴れ晴れした。「知」は人を深いレベルで慰め、解放すると身をもって経験したことを、最後につけ加えておきたい。

新潮社 波
2015年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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