アメリカ大統領候補の衝撃告発

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国家を喰らう官僚たち

『国家を喰らう官僚たち』

著者
ランド・ポール [著]/浅川 芳裕 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784105069414
発売日
2015/09/25
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

アメリカ大統領候補の衝撃告発

[レビュアー] 浅川芳裕(ジャーナリスト・翻訳家)

 本書は米次期大統領候補ランド・ポール上院議員による告発の書である。武装した官僚たちがアメリカ国民を襲撃、略奪する実態を暴き出して本国でベストセラーとなった。

 略奪官僚機構として取り上げられる省庁は主に3つある。環境保護庁、食品医薬品局、農務省だ。それぞれ環境保全、食の安全や健康促進、農業振興、移動の安全が使命の諸省庁である。いずれも設置目的から逸脱して、権力をいかに乱用しているのか、数々の実話を通じて明かされる。各ストーリーに共通するのが、省庁が保有するSWAT(特殊部隊)の存在である。国防省でもCIAでもFBIでもない、牧歌的な響きのある諸官庁が罪のない国民をある日、突然、襲撃するのだ。「選挙で選ばれない」官僚は一切非を問われることはない。国民の苦悩をよそに、予算獲得と権限拡大に邁進する「新支配階級」の様態を描いていく。

 これらの官僚による「国民いじめ」の悲劇を導線として、本書は、日本人の知らないアメリカ政治の現実に迫っていく。

 保守対リベラルの対立点はどこにあるのか。共和党保守派のなかに存在する各思想の争点はどこにあるのか。著者が信奉するリバタリアニズム、その支援者ティーパーティー(茶会)とは何なのか。オバマ政権のどこがダメなのか。暴走する官僚を抑えられない議会の欠陥はどこにあるのか。両派・各派の対立や業界団体・ロビイストの介入、議会の機能不全によって、官僚がいかに漁夫の利を得ているのか。

 日本の政治は官僚主導で、アメリカは大統領・議会主導と長年解説されてきたが、本書を読めばその理解が完全に誤認に基づくものだと分かる。官僚支配に堕ちた新たなアメリカ像が浮き彫りになる。昨今、日本でアメリカ批評といえば、「新自由主義」や「グローバライゼーション」といった紋切型の文脈で、アメリカ政財界の「自由放任すぎる」あり方を批判するのが定番となっている。だが、本書を読めば、自由すぎるどころか、「尊大で官僚的な省庁の存在は個人の自由と憲法上の権利において、恒常的にかつ激しく予測不能な脅威である」(本書75頁)こと、そして「ただ皆、自由を望んでいるのだ。自由が奪われつつあることを知っているからだ。そして、自分たちの政府を取り戻すために戦っている」(同56頁)ことが分かる。私は本書を読みながら、まるで著者から「君たち日本人のアメリカ理解は根本から間違っている」と訴えかけられている気分になった。

 ではなぜ、アメリカは官僚に支配される国になったのか。著者は「立憲保守派(constitutional conservative)」の思想軸から、その根本問題に遡っていく。民主・共和両党の議員が「建国の父の理念」から遠ざかり、政府・官僚の権力抑制・制限を定めた「合衆国憲法」を忘却し、個人の自由、私有財産の保護を至上とする「権利章典」を参照さえしないから――というのが、著者の一貫した主張である。

 それは何も著者の独りよがりの見解ではない。そもそもアメリカの保守主義(conservatism)とは、合衆国憲法に記された建国の父の理念を指す。端的にいえば、個人の自由、私有財産を政府(官僚機構)から「保守」する立ち位置である。その説明にあたり、古代ローマのキケロからチェスタートン、バスティア、バーク、ジェファーソン、マディソン、フランクリン、アイン・ランドといった欧米の思想系譜から豊富な引用を行う。それらを軸にして、官僚支配による国民の悲劇ならびに現在進行形の著者の政治闘争(官僚機構から建国の理念を取り戻す)を読み進めば、「自由」とは何か、「権利」とは何か、「法の支配」とは何か、いまだに日本人が完全に理解しきれていない基本概念の輪郭がはっきり見えてくる。

 現在、共和党の大統領候補選は伏兵ドナルド・トランプの闖入によって乱戦模様だが、著者のランド・ポール上院議員は、二〇一六年共和党大統領選候補世論調査で「大統領にしたい政治家ランキング一位」に七度も輝き、タイム誌の「世界で最も影響力のある一〇〇人」に二〇一三年から二年連続で選ばれるなど、輝かしい政治家遍歴を誇っている。建国の理念を守ろうとする彼の信条がアメリカ人の心をとらえているのだ。五二歳とまだ若い。この先二〇年はアメリカ政治を牽引する存在である。日本人にとっても、彼の著作を読まずしてアメリカを語り得まい。

新潮社 波
2015年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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