働く世代のための「最善」の健康法

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座らない!

『座らない!』

著者
トム・ラス [著]/牧野 洋 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784105069216
発売日
2015/07/24
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

働く世代のための「最善」の健康法

[レビュアー] 石川善樹(予防医学研究者)

 日本では昔から、「栄養・運動・休養」を健康づくりの3本柱としてきました。しかし、「では具体的に何をすればよいのか?」と考えると、確かな拠り所を見つけるのが、とても難しい時代になっていると思います。

 というのも、健康に関する情報は、かならずしも「最新」の情報が正しいとは限らないからです。たとえば、昨日まで健康に悪いと思われていた食品が、今日になったら「実は健康にいいことが分かりました!」と発表されることもしばしばあります。

 なぜこのようなことが起こるのでしょうか? それは、「最新」であるということは、知見が少ないということの裏返しでもあるからです。つまり、こと健康に関しては「最新」だからといって信用を置いていいわけではないのです。

 そのため私たち専門家は、最新の代わりに「最善」という言葉を使います。最善とはすなわち、数多くの研究に基づき、根拠が確立しているもののことです。最新を追いかけると振り回されますが、最善を押さえておけば、地に足をつけた健康づくりができます。

 本書では、ベストセラー作家である著者が、408もの研究に基づいて「最善」の健康情報を大変分かりやすく提示してくれています。そのため読者は、かならずや自分にあった健康づくりのポイントを見つけることができるでしょう。

 また、本書の意義はそれだけにとどまりません。近年、日本でも「健康経営」という言葉を耳にする機会が増えました。会社や国家を支えるベースとなるのは、言うまでもなく働く世代の健康です。ところが、現代の労働者は、疲れ切っています。その理由は、本書でも詳しく書かれていますが、砂糖にまみれた食事、座りっぱなしの仕事、極度の睡眠不足などです。まさに、「栄養・運動・休養」の乱れが、現代の労働者の心と体と脳を疲れさせているのです。

 ただ、これはいまに始まった話ではありません。わたしたち日本人は、これまでも決して健全な生活を送ってきたとは言えないのですが、不思議と元気だったのです。たとえば、1980年代の労働環境について、イギリスの疫学者マイケル・マーモット教授は、次のように指摘しています。

「日本人は、過酷で長時間の労働を強いられ、有給休暇もほとんど消化できていないのに、なぜ健康でいられるのか? もし、イギリス人が日本人のように働いたら、きっと高いストレスで体を壊してしまうだろう」

 そこでマーモット教授は、改めて日本とイギリスの労働環境を比べてみました。すると、日本では労働者の会社に対する忠誠心が高く、また一人一人の労働者に対して管理職が思いやりを持って接していることが分かったのです。マーモット教授は、「日本人は長く過酷な勤務下においても、上司のサポートのもと、仕事にやりがいをもって取り組んでいるので、健康を保つことができるのだろう」と述べています。

 しかし、マーモット教授が賛辞を送った日本の労働環境は、その後大きな変化を遂げます。よく知られているように、90年代前半のバブル崩壊によって、年功序列や終身雇用といった古き良き制度が失われ、代わりに成果主義や年俸制といった目先の競争を促す制度が導入されていきました。それに伴い、会社への忠誠心や管理職の部下に対する思いやりは薄くなり、結果として世界最高レベルの健康を誇った日本人労働者の健康状態は悪化していきました。特に、管理職や専門職の死亡率は、バブルの前と後で70%も上昇したのです。

 すべての労働者が元気でイキイキと働ける環境をつくることは、会社や国力の礎を築くためにも重要な課題です。本書では、労働者の活力を取り戻すための具体的行動が提示されているだけでなく、それを実践するためのちょっとしたコツや考え方もわかりやすく紹介されています。

 一方で、本書はよくある健康本のように「○○さえすればよい」というシンプルな構成にはなっていません。そのため記載されている数多くの情報に戸惑う方もいるでしょう。しかし、重要な情報は何度も繰り返し登場するので、読み進めながら同時に復習もできます。最近記憶力が落ちてきた私のような人間にとっては、ありがたい限りです。

 不調が続けば、いずれそれが普通になります。もしみなさんが、朝から疲れを感じていたり、昼食後に眠気を感じたり、夜遅くに不健康な食事をする生活を「普通」だと思っていたら、それは何かを変えるサインかもしれません。そのような方にこそ、本書をお薦めいたします!

新潮社 波
2015年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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