お互いよく生き残ったなあ

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とりあたま大学

『とりあたま大学』

著者
西原 理恵子 [著]/佐藤 優 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784103019374
発売日
2015/05/29
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

お互いよく生き残ったなあ

[レビュアー] 先崎学(棋士)

 忘れられない写真がある。東京拘置所を車で出る鈴木宗男さんのそばにひとりの男が頭をたれて佇んでいる。男は下を向き、祈りを捧げているかのようにぽつりと立っている。

 今、ネットで検索しても出てこない。忘れられてゆく数多の写真の中のひとつ。しかしその一葉は私の心の中の何かを強くゆさぶった。

 当時、私は頭を下げている男が佐藤優さんということも知らなく、世間の鈴木宗男バッシングに流される、どこにでもいる人間であった。やがて、この写真を見たことから、佐藤さんの『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―』を読み、この本を読んだ多くの読者と同じであろう衝撃を受けた。なるほどそういうことだったのか。それから佐藤さんの本をよく読んだ。読むたびにあの一葉の写真を思い出した。私にはすでに確信が生まれていた。写真にウソは写らないということばがある。あの一葉には、本物の修羅場をくぐった人間だけが持つ迫力がたしかにあったのだ。

 その佐藤さんが、西原理恵子とコンビを組んで連載をするということを聞いて、これはすごくおもしろいものになると思った。結果は、この本を手に取る読者、また週刊新潮を愛読される方に私ごときがわざわざ語るまでもないだろう。

 西原理恵子は二十五年来の友人である。本はあまり読んだことがない。私は親しい人間の本はあえて読まないという癖がある。なんだか恥ずかしいのだ。それに向うも私の将棋のことなどまったく知らない。こちらだけ相手の仕事を知るのは不公平である。会えばいつも酒。互いの仕事のはなしは一切しない。彼女は高校中退という学歴を自虐的に、しかも誇りを持ってギャグにするのが好きであるが、この点は私には通用しない。私は中卒なのだ。いつも、「西原はオレよりエリートだもんなあ」とからかっている。

 彼女には様々な欠点がある。多過ぎて一々書かない。だが、その欠点を補って余りある長所が三つある。ひとつは弱者に優しいところ。ふたつ目は物事の本質を掴み取る能力である。そして三つ目は、これは長所というよりは、漫画家という仕事における才能や能力にかかわることなのかもしれないが、本質の部分を、さらに研ぎ澄まして、しかもそれを笑いに変えられるところである。

 彼女の出世作『恨ミシュラン』はその長所がいかんなく発揮された傑作である。神足裕司が書き、西原が描いた。批評と風刺のコラボレーションは、見事にバブルに浮かれる日本や権威をかさにきる老舗の料理屋の「本質」をえぐり出した。神足さんは「西原の漫画ばかり目立って」とボヤいていたというがそれは違う。しっかりとした文章の批評があるからこそ、西原の感性が薄いものにならないのだ。そして逆もまた真なりである。『恨ミシュラン』は、あのふたりでなくしては生れなかった。

 さて『とりあたま大学』は、グルメから、世相一般に形を変えたが、真面目な批評と笑いの見事な融合で、笑いながら考えさせられ、考えながら笑わされる。まったく見事としかいいようがない。

 西原理恵子とはじめて会った二十歳前後のころ、彼女は圧倒的にヘンな人間であった。世の中に腹が立っており、仕事で芽が出ず気が立っており、とんがって世界の全部が敵であるかのような眼をしていた。私も将棋界で勝てず似たような境遇であった。そして同じくらいヘンだった。だから仲良くなれた。

 最近彼女に会うと「お互いよく生き残ったなあ」といい合う。私は将棋界で才能ある人間が消えてゆく姿を数限りなく見てきた。彼女の才能もつまらないことでいつ潰れてもおかしくないものだった。しかし今、立派に花が咲き、一枚の写真の背中に説得力を見せることができる人間と、週刊誌の巻末において活躍している。

 今の西原は昔のようなヘンな奴ではない。とんがっているが、とげとげしくはない。それは、彼女が本質を掴む能力を、漫画の中で思う存分に出すことができる立場になったからだ。西原、俺も頑張るから、お前も頑張れよ。

新潮社 波
2015年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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