【自著を語る】チャレンジ精神は死なない

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ホンダジェット

『ホンダジェット』

著者
前間 孝則 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103289227
発売日
2015/09/25
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【自著を語る】チャレンジ精神は死なない

[レビュアー] 前間孝則(ノンフィクション作家)

 日本は敗戦による荒廃から、わずか二十数年にして世界第二位の「経済大国」にのし上がった。その大きな要因の一つは、小資源国ゆえ、モノづくりを中心に据えて多大な情熱を注ぎ込んできたからであろう。ところが、最近はいま一つ元気がない。その典型例がソニーである。かつては、独創的な製品を次々に生み出して、世界の注目を集めたものだ。

 だが、この十数年は鳴かず飛ばずである。それは日本の産業全般においても当てはまりそうだ。

 近年、国民の誰もが拍手を送りたくなるような独創的な製品開発の事例が思い浮ぶであろうか。新興国の追い上げが目立つ中で、「今後も、モノづくりで発展していかねばならない日本は、これから先、本当に大丈夫だろうか?」との不安感が国民の間にじわじわと広がってきている。

 今年の四月二十三日、そんな日本の空気を吹き飛ばすように、“日本のモノづくりここにあり”とばかりに羽田空港に降り立ち、その雄姿を披露したのが小型ビジネスジェット機の「ホンダジェット」である。

 一九八六年、二輪および四輪車のメーカーであるホンダは、「無謀! 自動車屋だから、航空界の常識を知らない」との嘲笑も恐れず、若い技術者ら五人を“航空機大国”アメリカに送り込み、ゼロからの研究開発を秘密裡にスタートさせた。そしてNASA(米航空宇宙局)が取り組んでも実用化できなかった革新的な実験機を開発して飛ばした。

 その後、「これまでの常識(タブー)を破る革新的なコンセプト」、「燃費や性能、居住性、快適性のすべてにおいて既存機を上回る」現在のホンダジェットを開発してこの業界を驚かせ、すでに「一〇〇機以上の受注を獲得した」と発表している。

 ホンダジェットのコンセプトを考案し、スタッフ達の反対も押し切って実現させたリーダーの藤野道格(みちまさ)は、この功績により、“航空機設計者のノーベル賞”といわれる世界的な賞などを三つも受賞した。これは世界初の快挙である。

 彼のチャレンジ精神や強力なリーダーシップと並んで注目すべきことがある。この間の三〇年、五代にわたる経営のトップがいずれも、航空機の研究開発を支持し続けたことである。このときの舞台裏を少しばかり紹介すると、研究開発途上で計三機種の実験機を飛ばしたのだが、その過程で研究開発を継続するか否かで、トップは何度も逡巡した。ハイテクの頂点を極める航空機開発は、失敗の可能性も大きく、しかも金食い虫だからだ。

 それを乗り越え、高性能のホンダジェットの開発に成功した。ところが、いざ事業化する段階でまたもトップは逡巡する。なにしろ航空機は事故が死に直結するだけに、高い安全性や信頼性を要求され、それらを裏付けるための豊富な経験や実績も求められる。さらに顧客の信頼を得るためには、十分なアフターサービス網や販売体制の構築が不可欠、その初期投資も巨額になる。ホンダのように新規参入しようとすると、会社にとって、ハードルは極めて高く、リスクも大きい。

 だがその時、彼らの背中を押したのは、ホンダの底流にある創業者・本田宗一郎の無類のチャレンジ精神であった。

 十数年にわたり、筆者は開発リーダーや歴代の経営トップなどに取材を重ね、このほど、『ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全軌跡』を発刊した。その中の一人で、ホンダジェット開発の断を下したホンダ四代目の社長・川本信彦氏は語った。

「オヤジ(宗一郎)さんは『あれをやってみろ、これをやってみろ』と常に檄を飛ばし、未知なるものへの挑戦を続けた。最近の日本は、失敗を恐れてチャレンジをしなくなってきた」

新潮社 波
2015年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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