【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】不在の部屋 [著]曽野綾子

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不在の部屋

『不在の部屋』

著者
曽野 綾子 [著]
出版社
文芸春秋
ISBN
9784167133146
価格
441円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】不在の部屋 [著]曽野綾子

[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)

 一九六一年(昭和三十六年) 十二月二十七日、ローマ教皇ヨハネス23世は、20世紀の教会史上最重大だったと思われる第二ヴァチカン公会議召集の教書に署名した――と言ってもたいていの日本人には何の関係もないことである。だから詳細な『近代日本総合年表』(岩波書店・第四版)にも、この十日前に、「インド軍、ポルトガル領のゴア・ダマン・ディウに侵入」という事件は書いてあっても、世界に十億人もいるというカトリック教徒にとって、十六世紀中頃のトリエント公会議以来の大事件であるこの公会議は取上げられていない。

 この大変革を身をもって体験したのは、日本ではカトリック教徒とカトリック系の学校に通っている学生・生徒たち以外にはあまりいなかったであろう。女子学生たちは、修道女たちの服装が一変したことに驚いたことと思われる。ではそういうカトリック系の大学や高校・小学校を経営している修道会の中ではどんな変化があったのか。大変化があったに違いない。私の知っている修道女にはそのために修道女たることをやめた人もあるし、修道会にとどまった女性でも、「自分の衣服が剥ぎ取られる気がしました」と言った人もいる。

 一般人の窺い知れぬカトリック女子修道院にこの時起った変化を、文字通り活写してくれたのが曽野綾子のこの小説である。「特定のモデルはない」とことわっているが、読者は主として聖心女学院を経営している女子修道会と考えてしまう。修道女をマリア様とマルタ様に区別する女子修道会があったことは確かである。マリア様たちはもっぱら観想や勉強をやる。マルタ様たちは日常雑務をこなす役目である。これは修道会発生の時から、貴族出身の修道女と庶民出身の修道女を別けることから生じたのであろう。ところがこの公会議の結果その差がなくなった。そして風呂場に髪の毛が残っても誰も片付けないようになった――などなど曽野綾子の筆は冴える。第二ヴァチカン公会議の一面を画き出した無類の傑作であり記録としても価値がある。そこには著者の人間性への鋭い観察が躍動している。

新潮社 週刊新潮
2015年11月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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