山内譲×和田竜・対談 「歴史の現場」に『村上海賊』を求めて

対談・鼎談

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瀬戸内の海賊 : 村上武吉の戦い

『瀬戸内の海賊 : 村上武吉の戦い』

著者
山内, 譲, 1948-
出版社
新潮社
ISBN
9784106037771
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

山内譲『瀬戸内の海賊 村上武吉の戦い【増補改訂版】』刊行記念対談 山内譲×和田竜/「歴史の現場」に『村上海賊』を求めて

山内譲×和田竜

 二〇〇五年に出版されるや、海賊研究の必読書として評価されてきた山内譲氏著『瀬戸内の海賊 村上武吉の戦い』。村上武吉とは戦国期、瀬戸内を縦横無尽に駆け、信長軍をも翻弄した「村上海賊」能島村上家の当主。くわえて空前の海賊ブームを起こした『村上海賊の娘』(二〇一三年、小社刊)の主人公“景(きょう)”の父親である。

『村上海賊の娘』の筆者の和田竜氏は執筆前から山内氏の著作を読み込み、また山内氏本人にも、さまざまなアドバイスを求めてきた。

 増補改訂版の刊行にあたり、海賊を知る二人が再び会い、村上武吉のこと、歴史との向き合い方を語り合った。

「娘」を生んだ『瀬戸内の海賊』

和田 まずは大事なことを言っておかなければならないのは、山内先生の本(旧版『瀬戸内の海賊』)に出会わなければ『村上海賊の娘』の主人公、「景」が生まれてこなかったということです。僕は村上海賊を小説に書くにあたって、詳しく調べていない時から女の子を主人公にしたいと思っていたんです。それで村上武吉の娘、しかも血を分けた実の娘がいないかなと、いくつかある能島村上家の家系図を探していました。

山内 でも、出てくるのは養女ばかり。

和田 そうなんです。村上武吉の史料には、養女の存在はしばしば書かれているのですが、実の娘は全く出てこない。ただ、その中で唯一、山内先生の本にだけ「女」の表記で実の娘の存在が紹介されていたんです。

山内 当時の武将の家系図においては、時々女性の存在が省かれることがあるんですが、武吉の実の娘については『萩藩譜録』の中から見出しました。黒川元康という人物の妻になったことは記してあったので黒川とは何者かということは調べましたが、こちらは、はっきり分からなかった。

和田 とはいえ、先生の本で女性を主人公にすることが出来たのは確かで、実の娘の存在を知った時は「よかった」という感じでしたね。織田と毛利・村上連合軍が戦う「第一次木津川口の合戦」(一五七六年)を描くことは決めていましたから、実の娘が見つからなければ、合戦に出た武吉の長男あたりが主人公となって、また別の作品になっていたかもしれません。

歴史の読み方を知る

和田 ところで、山内先生はどのようにして「海賊」と出会われたのですか?

山内 私はもともと高校の教員で、最初の赴任地が弓削島という瀬戸内の島だったんです。そこは塩を生産する特異な荘園のあったところなんですが、生徒も地元の人も殆ど知らないんです。それでみんなに興味を持ってもらおうと荘園の歴史を調べるうちに、室町期に荘園を解体した勢力、「海賊」に惹かれていった。ですから、もう二十年以上「海賊」と付き合っていますね。

和田 それで研究はどのように進められたのですか。

山内 やはり私の専門は古文書を調べることです。能島村上家は江戸時代、毛利藩に仕えていたこともあって、文書の大半は現在、山口県文書館に一括して収蔵されております。そこには足繁く通いましたし、東京大学の史料編纂所にも行きました。

和田 膨大な史料を読み解いて当時の出来事を見つけ出す。まさに”発掘”ですね。僕も原典は読みたいのですが、どうしても”くずし文字”が読めないので、山内先生のような学者がお書きになった報告書や論文に頼らざるをえない。実際、山内先生にはいろんな原典を読んでいただきました。その節は本当にお世話になりました。

山内 いや和田さんもすごいです。例えば毛利輝元が木津川口の合戦を決意する文書を読んで下さいと頼まれた時には驚きました。何しろ研究者が見過ごしていた史料ですからね。東大の史料編纂所で見つけ出されたのですか?

和田 そうです。先生にご助言いただいた時期の史料群をコピーしたのですが、その中から見つけました。

山内 そうやって歴史小説が作られてゆくと思うと、私たち歴史研究者も学ぶことが多いです。と同時に、歴史研究も小説も、やはり現場に行かなければなりませんね。「村上海賊」においては潮の流れ、島の形、狭い水路……そういったものが分って初めて、古文書も的確に読めるんです。

和田 そうですね。先生の『瀬戸内の海賊』でも私の『村上海賊の娘』でも、読者の方には、是非、瀬戸内を見ていただきたいですね。行くと、また新たな読み方、発見があると思います。

(『瀬戸内の海賊 村上武吉の戦い【増補改訂版】』所収の対談より一部抜粋、要約)

新潮社 波
2015年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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