中山七里・インタビュー 女性という、もどかしい謎 『月光のスティグマ』刊行記念

インタビュー

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月光のスティグマ

『月光のスティグマ』

著者
中山, 七里
出版社
新潮社
ISBN
9784103370116
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『月光のスティグマ』刊行記念特集インタビュー 中山七里/女性という、もどかしい謎

――この作品を書こうと思ったきっかけは?

中山 ラブストーリーをお願いしますというリクエストを編集の方にいただきまして、私自身、恋愛小説をほとんど読んだことがないので手探り状態から始めたのですが、プロットはいつも通り3日で完成させました。

――プロット作成は3日と決めているのですか?

中山 はい。正確に言うと3日間、朝から晩まで寝ないで考え続けて、頭の中で最初の一行から最後の一行まで書くんですよ。構想ではなくて、どこで誰がどんな台詞を言うかも決めています。メモも取りません。ここで小説の8割は完成して、あとは少しずつダウンロードしていくように文字に落としていきます。ですから何本連載が増えようが大丈夫なんですよ。最高で14本まで連載が重なったことがあります。

――とてつもない記憶力ですね。

中山 見聞きしたことを忘れない性分なんですね。小学生の時に見たテレビドラマのストーリーや配役、音楽やタイトルバックまで鮮明に覚えていて、普通の人は興味があるものだけ覚えているらしいのですが、私の場合はつまらないと思ったものも忘れられない。たぶん病気ですね(笑)。今と違って、ビデオもない時代でしたから、観た映画は絶対に忘れないぞ、という気合で、ものすごい集中力だったんでしょう。誰とどの映画館に行って、そのあと何を食べたかといったシチュエーションごと、頭の中に記録されているんです。その膨大なアーカイヴが、作家になってからずいぶん役立っていて、今回の作品の場合も、恋愛の本はあまり読んでいなくても映画からそのエッセンスを抽出することができました。ちなみに各章のタイトルは映画の題名から採っています。

――「思春の森」「運命の人」「恋人たちの距離」「逢瀬いま一度」「いのちの戦場」。確かに有名なタイトルもありますが、最初の「思春の森」ってどんな映画ですか?

中山 70年代のイタリア映画で、思春期の少年少女の三角関係をテーマにしたものですが、現在ではチャイルドポルノに指定されDVDも回収処分となり国内で観ることはできません。こういうときに、訳の分からん記憶力は役に立っているような気がします(笑)。

――確かに、森の中で少年が双子の少女を裸にしてお医者さんごっこをする過激なシーンから第一章が始まりますね。

中山 男と女って、犬と猫のようなもので、お互いの気持ちは結局最後のところまでわからない。距離感がつかめるようでつかめない。そういうもどかしさを強調するために、双子の女の子に翻弄される男の子を主人公にしたのです。幼いうちはお医者さんごっこで無邪気に遊んでいた三人が思春期となり、男の子は双子の片方と相愛になる。その途端、大地震が来てもう片方が命を落とす。さて二人の関係は一体どうなるのか? そこにサスペンスが生まれるのではないか? というのが発想の原点です。

――成人して再会した二人は敵対する立場に置かれます。

中山 私生活では恋人、仕事では敵となったとき、つまり公と私、昼と夜、上半身と下半身で相反するベクトルが働く状況に置かれたときに、恋愛は原型をとどめられるのか、というのも書きたかったテーマのひとつですね。ただ惚れた腫れたの恋愛ではなくて、男と女が仕事の面でも探り合っていて、最後まで手の内は明かさないけれども、精神的にはどこかで繋がっている。そういうアンビバレントな状況下での恋愛にしたかったのです。「一体この女は何者なのだ?」と、男はもどかしい謎に包まれる。殺人が起こるだけがミステリーではないのです。

――主人公の恋敵となる政治家も、結構いい男ですね。

中山 映画もそうですけど、敵役や脇役のキャラが立っていて魅力的なほど、がぜん面白くなります。今作は主人公をあまり特徴のない男にして、そのぶん脇役の個性を強めに押し出しています。ライトノベルって、必ずといっていいほど、主人公のオレが万能で最強というのが基本設定ですよね。そうしないと読者が買わないらしい。でもそんな話、これまで読んできた小説にも観てきた映画にも、まったくストックがないですよ(笑)。登場人物をリアルに描いて、主役をやみくもに万能にしないやり方でも、充分に面白い小説が書けることを証明していきたいですね。

新潮社 波
2015年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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