【聞きたい。】辻原登さん『Yの木』 死の視点から人生を俯瞰して描く

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

Yの木

『Yの木』

著者
辻原, 登, 1945-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163903200
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

【聞きたい。】辻原登さん『Yの木』 死の視点から人生を俯瞰して描く

[文] 海老沢類(産経新聞社)

辻原登
辻原登さん

 味わいの違う4つの中短編を収めた作品集。中学生の少年が大阪で働く美しい姉と非日常の一日を過ごす「たそがれ」、目の前で展開される大学ラグビーの試合の行方に、自らの未来を重ねていく女を描いた「シンビン」…。人生の一断面を切り取った短編は、実際に描かれていない登場人物の長い歩みまで想像させる不思議な豊かさをもつ。

 「私たちは実際に自分の人生を終わった時点、つまり死の視点から見ることはできないですよね。小説はそれを代わりに見せてくれるところがある。主人公の人生を俯瞰(ふかん)するように書くことで」

 表題の中編は不遇な作家の物語。芥川賞候補にもなった実在の作家・大瀬東二(筆名)と親交を結んだ「彼」は44歳でデビューを果たす。村上春樹らがポップな作風で登場してから10年以上が過ぎていた。時流に乗れない彼は少年少女小説や時代物にも挑む。大瀬の壮絶な自死、妻の急死…。大切な人を失い、作家としても行き詰まったときに地上で二股に分かれたYの形の木が彼の目に入る。死へと誘うように。

 「戦後、自らの体験をもとに文学を志した人は無数にいて、その大半が無念な思いを抱えながら去っていった。考えてみれば、文学に限らず誰もが人生で何かを志すわけです。虚構と事実を混ぜ合わせ、普通の一人の青年が戦後を生きて死んでいく、その軌跡を書けないかなと」

 カミュの『ペスト』やトーマス・マンの『ヴェニスに死す』といった名作が収録作の随所に出てくる。それが現在の物語と絶妙に響き合うのも印象深い。

 「読書や人生の経験を重ねないと分からないことはある。自分で小説を書いてから過去のすばらしい作品を再読すると理解力が深まっているんですね。そうやって“よりいい作品”に出会うために、僕は書いているのかもしれない」(文芸春秋・1300円+税)

 海老沢類

【プロフィル】辻原登 つじはら・のぼる

 昭和20年、和歌山県生まれ。平成2年に「村の名前」で芥川賞。11年に『翔べ麒麟』で読売文学賞、12年には『遊動亭円木』で谷崎潤一郎賞を受賞。ほかの著書に『韃靼の馬』など。

産経新聞
2015年11月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク