非業の最期を遂げた女性戦場カメラマンの真実

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ゲルダ

『ゲルダ』

著者
I・シャーバー [著]/高田 ゆみ子 [訳]/沢木 耕太郎 [解説]
出版社
祥伝社
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784396650551
発売日
2015/11/02
価格
2,268円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

非業の最期を遂げた女性戦場カメラマンの真実

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 インドシナ戦争を取材中に命を落とした写真家ロバート・キャパの名前はあまりにも有名だ。本書が描くゲルダ・タローの名が知られているのも、そのキャパの最愛の人として、キャパとのかかわりの中でのみ記憶されてきたと言ってもいい。

 キャパの名を一躍高からしめたのは、スペイン内戦中の「崩れ落ちる兵士」の死の瞬間をとらえた写真で、報道写真家として同じ現場にいたゲルダはその後、従軍していた部隊の戦車にひかれて命を落とす。まだ二十六歳だった。

 短く濃密なゲルダの人生を、本書はその始まりの場所から描く。ユダヤ系移民の子どもとしてドイツに生まれ育った彼女は、レジスタンス運動にかかわったことで家族と離れ、パリに逃れて写真家をめざした。

 有名な恋人はいったん切り離し、彼女を主役にした舞台の後方に登場人物のひとりとして立たせたことで新たなゲルダ像がくっきりと見えてくる。若く美しく性的にも奔放で、才気と度胸で道をひらく、おそれを知らない最初期の女性戦場カメラマンの姿が。

 ゲルダは死をおそれなかった。あるとき、戦場で砲火に囲まれ、一緒にいたイギリス人写真家が、今回ばかりはと観念したとき、ゲルダは立ち上がって飛行機を撮影しはじめた。

「もしここから脱出できたら不干渉委員会に写真を提出できるのに」。この言葉に、彼女の辛口のユーモアと、写真を通じて政治家たちにメッセージを届けたいと願う「破れかぶれの希望」を著者は見る。

 おそれを知らないように見えたのは、死よりおそろしい未来がその目に映っていたからではないか。ドイツに残った彼女の両親や弟たちは収容所で命を落としたと見られるが、著者によれば、その記録すら残っていないという。

 戦場に散った若き女性写真家ははなばなしく葬られ、フランス共産党がその死を政治的に利用した。著者は、ゲルダがキャパの恋人としてしか写真史に残らなかった過程も示す。アメリカに活動の拠点を移したキャパは、戦後の赤狩りの中で、活動家としての役割を彼女に押し付け、自分の盾としたのではと著者は見ており、義憤からか、キャパへ向ける視線はいくぶん冷ややかだ。

 キャパについての著作があり、「崩れ落ちる兵士」はゲルダが撮影した、と検証している沢木耕太郎が、解説で彼女のアーティストネームは岡本太郎に由来するとする説の、さらなる根拠を提出していて興味深い。

イルメ・シャーバー
1956年生まれ。ドイツの女性歴史学者でゲルダ・タロー研究の第一人者。ニューヨークの国際写真センターで開かれたゲルダの回顧展ではゲストキュレーターを務めた。

新潮社 週刊新潮
2015年12月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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