『D菩薩峠漫研夏合宿』
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D菩薩峠漫研夏合宿 [著]藤野千夜
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
D菩薩峠が、ここまでポップに、甘ずっぱい記憶の場所として描かれたことがかつてあっただろうか。
男子高出身者でも漫研に属していたこともない私だが、ひどく懐かしい気持ちで読んだ。あのころ夢中になった少女漫画の世界の男の子たちが、リアルな人間のかたちを与えられて動き出したようなのである。
東京の私立の進学校、「あおい学園」高校一年生の「わたし」が所属している漫研では、毎年、D菩薩峠で一週間の夏合宿をする。だれがだれの隣で寝るかといったことで一喜一憂し、「わたし」も、バッグに入っていた「おにいさま」からの思わせぶりなメモにどきどきしている。
「おにいさまへ……」「おしおきしちゃうから!」など、各章題は漫画のタイトルからとられている。「わたし」についたあだなの「少佐」も、同世代なら「あれね」とすぐわかる、大人気漫画にちなんだものだ。
漫研の部員たちはみな魅力的。都会の少年らしく、ほどほどにクールで文化的教養がある。「少佐」のほかにも「姫」「ビューティ・ペア」など、「わたし」につけられるあだなににやりとさせられる。抗議しながらも「わたし、十五歳の〈少佐〉」と自称している主人公も、そうした機智とユーモアを共有するひとりだ。
部員同士の恋愛話も平気で、「男色評論家」までいる漫研の中でも「わたし」が少し異色だったのは、小さいときから指にマニキュアを塗ってもらうとうれしかったりする少女らしさがあるからで、自分のなかにいる「おかしなやつ」をあまり外に出してはいけない、と「わたし」自身が思っていた。
合宿生活は、そんな「わたし」の違いを際立たせるが、からかう部員もいる一方で、さりげなく手を差しのべる人もいた。この自伝的小説の中で、三十五年後の「わたし」が思い起こす彼らは泣きたくなるほど心優しい。幼い「わたし」の初恋は淡く、その淡さが胸に沁みる。