『陶炎 古萩 李勺光秘聞』
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陶炎 古萩 李勺光秘聞 [著]鳥越碧
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
萩焼の祖・李勺光(りしゃっこう)を陰で支えたのは、一人の女の官能であったとする、着眼の面白い歴史小説である、といえよう。
李勺光は、豊臣秀吉の朝鮮出兵、文禄の役で捕まり、日本に連行されて来た陶工であった。勺光は朝鮮一の陶工であり、幾つもの大名が取り引きを申し出たが、秀吉の特別のお声がかりで、毛利家の預かりになったという。
重臣の腹は、高麗焼物家伝の秘法を身につけた勺光に茶陶を焼かせ、かつ、一方、その陶器で、毛利家の財政をうるおそうというもの。
そして、勺光の世話係となったのは、夫が朝鮮で討死し、弟が敵前逃亡した武家の娘・志絵。彼女は叔父の罪が息子・真吾に降りかからぬよう、実家に戻されるはずだったが、半ば藩命に近いかたちで勺光の世話係を命じられることに。
しかしながらそれは、夜伽(よとぎ)もつとめるという屈辱的なものであった。
そして、異国の地にあって「天を唸(うな)らす茶碗」をつくることに執念を燃やす勺光。
一方、志絵は、彼に操を奪われた夜から、心からではなく、躰から先に愛してしまったことに激しく惑乱する。
が、志絵の懊悩はこれだけでは収まらなかった。勺光とともに陶器づくりのための土さがしという、いわば一から手伝っているのは、志絵を初恋の人として慕う加納弘太郎。
果たして、志絵の産んだ子は、勺光の子なのか、それとも――。
この男女三人の愛憎の中から生まれる「天を唸らす茶碗」の何と美しいことか。
作者の筆致は、この特殊なシチュエーションを構築することによって、本書を単なる〈芸道もの〉の枠組から大きく逸脱した人間ドラマとして昇華させている。
そして、歴史に翻弄された人々の思いも、抜かりなく点描されているのもさすがだ。作者の新たな代表作というにふさわしい仕上がりだ。