昭和史のかたち [著]保阪正康
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
昭和時代には、ありとあらゆる歴史的事象がつまっている。戦争に勝ったり負けたりした。占領をしたりされたりした。クーデターもあった。飢餓と飽食の双方を経験した。
ふつう、昭和史を研究する、あるいは語るという場合、豊富な事象を「因果関係」のなかに位置づけ、全体として大きなひとつの「流れ」を描くことになる。言葉で歴史をとらえるとはそういうことだ。しかしこの本は、数学の知識を借りて、昭和史を新しい角度から読み解こうとした。魅力的な試みである。
たとえば、天皇と統治権・統帥権を三つの頂点として描かれる三角形の重心のありかをさぐる。各辺の長さが変化すれば、重心は移る。空間的な把握をもちこむことで、単純なストーリーに回収されない、深みのある歴史観が生まれる。また、自然数の三種類(1……約数が一つ、素数……約数が二つ、合成数……約数が三つ以上)をもちいて国家間の関係を説明するなど、思いもよらない発想が新しい視点を提供する。
著者の父は数学教師だった。息子に数学を教えようとした父に対し、人生を勝手に決められてはかなわないと著者は猛反発し、数学から遠ざかったそうである。しかし人生のある時点で、人はだれでも、親との関係に一種の「落とし前」をつけるものではないだろうか。著者はこの本でそれをした。共感する人は少なくないはずだと思う。