最古の栽培植物が持つ広大な世界

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最古の栽培植物が持つ広大な世界

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

 子供のころヒョウタンを育てた人ならだれでも覚えているだろう。あのかたちのなんともいえぬ“なつかしさ”を。夏休みの課題で初めて育てたものなのに、なつかしさとは不思議だが、おそらくはこの植物がはるかな昔からずっと人間に親しいものだったからに違いない。

 実際ヒョウタンは「最古の栽培植物」の一つとされる。日本では九〇〇〇年ほど前の縄文遺跡で、種子の出土が確認されている。世界ではさらにさかのぼって一万年以上前のものも珍しくない。最古の作物オオムギやイモ並みの古さで、ムギやイモにはない伝播の広がりを見せている。世界中で栽培されてきたのだ。

 この広がりはひとえに容器としての有用性による。土器以前の時代、簡単に入手できる容器がヒョウタンだった。原産地はアフリカ。ひょっとすると人類は「出アフリカ」以降のグレートジャーニー(大旅行)を、ヒョウタンを携えて敢行したのかも知れない。とりわけ海洋を渡る際、水入れとしての役割は重要で、ヒョウタンの軌跡はそのままホモサピエンスのたどった足取りにも重なろう。

 本書は植物学の泰斗が、三十年近くの歳月を費やし、満を持すかたちで、ヒョウタンと人間との関わりを、形態の分類から利用法(衣装、容器、楽器、美術品、武具、農具……など二百四十ほどの用途がすぐにも挙がるそうだ!)、世界各地での名称、宗教や神話での扱い方……などに至るまで、できるだけ幅広く、雑学的にも興味のもてるようにまとめた文化誌である。

 たとえば著者はこんな実験もする。ヒョウタン(この場合はユウガオ)に水を入れ、火に掛ける。底に焦げ目はつくが、割れもせずお湯が沸く。ヒョウタンで煮炊きのできることが分かる。底に土を塗って保護すれば、長持ちもしよう。その土が粘土質で、強火ならば……と土器の起源まで推測するのだ。まさに「ヒョウタンから土器」である。著者はまた中国伝説上の帝王、伏羲(ふっき)・女媧(じょか)がヒョウタンの化身であることや、各地に残るヒョウタンからの天地創造、人類創世神話を指摘するが、結局はヒョウタンがそれだけ生活に不可欠だったからだろう。

 しかし有史以前から人間の親しい伴侶だったヒョウタンも、ここにきて急速に石油由来のプラスチック製品に取って代わられつつある。とりわけシャモジなど日常の容器類がそうで、いまだ健在なのは楽器や工芸品などごく少数の用途に限られる。危惧されるのは、ヒョウタンの種子は二年目以降、発芽能力がぐんと落ちることで、一度栽培が中断されるとそのまま文化継承の断絶にも至りかねない。そうならないためにも、たとえば日本でのオーディオスピーカーへの応用のように、新しい利用法がどんどん提案されることが肝要というが、サテ。

新潮社 新潮45
2015年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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