『サッチャーと日産英国工場』 鈴木均著

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『サッチャーと日産英国工場』 鈴木均著

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

したたかな外交手腕

 1970年代のイギリスは、経済衰退の中で製造業の危機に瀕(ひん)していた。当時のキャラハン首相がイギリス製の公用車を新調したところ、走行中に窓ガラスがはずれて首相の膝の上に落ちたという挿話さえ語られているほどである。

 そこへ登場した「鉄の女」サッチャー首相は、自由貿易を唱え、経済再建のためにあらゆる抵抗を押し切って、日本の自動車産業の誘致に邁(まい)進(しん)した。その先駆けが日産自動車のサンダーランド工場建設であり、現在でも実績の高い生産拠点となっている。また日産の進出後、多くの企業がイギリスにヨーロッパ拠点を建設するに至る。日本との貿易摩擦が激しいこの時期に、フランスなど大陸諸国も次第に日系企業誘致へと姿勢を転ずるようになったのである。

 本書は、日英欧の資料を駆使して、この複雑な過程を描ききった好著である。日産内では黒字転換を危ぶむ慎重意見が根強かった。社内労組も国内雇用の減少を危ぶんだ。イギリス側では、貿易産業省は積極的だが、工場への補助について財務省は懐疑的であり、労働組合も日本が求める単一労組協定の受け入れには難色を示した。サッチャーは誘致に反対するヨーロッパ諸国を意に介さず、サミットの席でわざわざ日産誘致に言及して中曽根首相の同意も取り付け、不退転の決意で臨んだ。他方雇用を維持したい地元では積極的に工場誘致をはたらきかけた。最後は財務省が財政支援を了解し、首相の思惑通り、誘致が実現したのである。

 長期衰退過程にあったイギリスがどう他国を利用したのか。したたかな外交手腕が発揮された。日産の側は、この成功をグローバル戦略の構築へと結びつけられないまま、ルノーの傘下に入った。日本も衰退局面に入ったならば、「今のわれわれの気持ちをはじめて理解するだろう」という当時のイギリス人記者の発言をかみしめる時が来ている。「輸出の日産」の興亡をどう日本の再生に生かすか。貴重な先例である。

 ◇すずき・ひとし=1974年生まれ。新潟県立大准教授。専門は国際関係論、欧州統合論、欧州統合史。

 吉田書店 2200円

読売新聞
2015年12月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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