たった一度の敗戦で歴史に“汚名”を残した武将――吉川永青『悪名残すとも』刊行記念インタビュー

インタビュー

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悪名残すとも

『悪名残すとも』

著者
吉川永青 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041034712
発売日
2015/12/22
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

インタビュー・吉川永青『悪名残すとも』

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

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臨場感あふれる合戦描写を武器に歴史小説界期待の新鋭として注目を集める吉川永青さん。最新作の主人公は、たった一度の敗戦で歴史に“汚名”を残した武将・陶隆房でした。

――戦国の初期に西日本の大国・大内家を支えた陶隆房(後の晴賢)は、現在ではメジャーな武将ではありません。その業績を知る人も少ないと思うのですが、なぜ隆房を取り上げようと考えたのでしょうか。

吉川 担当編集者から、「戦国時代の通史を書くような形で本を出していかないか」というお話をいただきました。それで普通に書くのでは面白くないので、敗けた側から歴史を見てみようと考えました。下克上だと、した側よりされた側の方が面白い。下克上をしながら再度の下克上を受けて敗けた、よりドラマチックな人生を送ったのが隆房でした。最近、人間の可能性、あるいは人間の力が絶対視されすぎているのではと疑問を持っていました。それで、優秀なのに敗け、敗けたことで歴史を作った隆房を書きたいと思いました。

――毛利元就が、小さな国人衆から戦国大名に成り上がっていくところも活写されていますが、隆房と元就を軸にするのは、最初から考えていたのでしょうか。

吉川 最後に隆房の前に立ちはだかるのが元就ですから、二人の関係は切っても切れないものでした。戦国初期において、隆房の仕えていた大内家は間違いなく主役でした。主役が転落していく様子と、それに代わって西国を束ねていく新たな存在の台頭――その交代劇を書いていくには、隆房と元就の二人をセットで書く必要があると最初から考えていました。

――大内家を乗っ取った隆房は、悪役とされることもありますが、今回はそのイメージを覆しています。これは当初から意図されていたのでしょうか。それとも、調べていくうちに分かったのでしょうか。

吉川 調べていくうちに分かりました。隆房のドラマチックな人生を書こうと思い、下克上をするまでのプロセスを調べていたら、「隆房は悪役ではない」と確信できるようになりました。小和田哲男先生がどこかに「隆房は民衆のために下克上をやった」と書いていらして、確かに「そういうところもあるな」と思いました。

――隆房は、織田信長に敗れた今川義元と似たところがあって、たった一度、合戦に敗れただけで歴史に汚名を残したような気がしています。

吉川 戦国時代は、決戦というレベルの合戦に敗れると、二度と這い上がることはできませんでした。しかも隆房は弱体化している大内家を何とか維持しようとしますが、既に時代は大内家を必要としていませんでした。その状況で決戦にならざるを得なかったのですから、決戦に敗けたら死ぬことは覚悟していたと思います。

――蘆名家の執権・金上盛備を描く『時限の幻』、真田幸村の父・昌幸を主人公にした『化け札』など、一国の政治を自由に動かせるトップを書いてこられましたが、隆房はナンバー2として大内家を支えることにこだわり続けます。これは吉川さんの作品に登場するキャラクターとしては、変わっていますね。

吉川 ナンバー2といっても、大内義隆に下克上を働いた後は、主君は隆房の傀儡ですから、事実上、大内家ではありません。私が書いてきた中では異色かもしれませんが、隆房にはナンバー2で居続けようとした面白さがあります。「ナンバー1になると責任が重いので、ナンバー2でいよう」という人もいますが、隆房はそうではありません。実際には自分で動かしているのに、自分はナンバー2でいなければならないと考えた特殊な人です。

――隆房は最後までナンバー2にこだわりますが、元就は隆房がトップになればいいと思っている。二人の関係が面白いのは、年齢が上の元就がイケイケで、年下の隆房が慎重なところでした。

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吉川 そうかもしれません。隆房は、大内家があってこそ天下を狙えると考えていたので、完全に私物化することには抵抗があったのでしょう。自分がトップに立った方が都合はよかったはずなので、ある意味窮屈な生き方をしたのかもしれません。

――現代人がイメージする戦国時代は、信長以降です。この作品のように、信長以前を扱った時代だと、説明することが多くて大変だったようにも思うのですが。

吉川 西国で大内家がどのような存在だったかは繰り返し書いていますが、一回の説明は短く、全体を通して読むと印象に残るようにしました。物語が停滞するので、あまり説明の部分を多くしたくないのですが、なかなか削れないので苦労しました。

――戦国武将が、国人衆と呼ばれる小豪族の連合体のトップでしかなく、江戸時代の大名のように強い権限がなかったことなども説明されていて、興味深かったです。

吉川 信長以降のイメージが強いので、戦国大名は絶対君主のように思われていますが、絶対君主とされがちな武田信玄や上杉謙信も、国人衆の代表でしかありませんでした。こうしたリアルな戦国の姿を、伝えていければいいと考えています。

――義隆が贅沢をするために年貢を取り立てると、隆房は民の生活が苦しくなるといって諫言します。それでも贅沢を止めないと、今度は押し込みを計画する。吉川さんは、民のために戦う武将もよく取り上げているように思うのですが。

吉川 大きいことをやる人は、常に考えの片隅に民を置いています。『信長公記』を読むと、織田信長は家臣には厳しいのに、民には優しいとあります。民が乱れると統治が難しくなるので、土台をしっかりさせたいと誰もが考えるはずなんです。小説の主人公になるくらいの人物は、必ず民のことを考えていたと思います。

――歴史小説では、武将の衆道(男色)について言及されても、具体的な閨の作法が書かれた作品は多くありません。この作品では、そこが詳しく書いてあるのが衝撃的で、義隆の相手を務める安富源内と四郎が、中盤の陰謀劇を牽引していく重要な存在になっているのにも驚きました。

吉川 実は、隆房を中心にした史料はほとんどないんです。軍記物語の『陰徳太平記』はありますが、あくまで物語ですから。そのため元就側から調べていくか、義隆側から調べるしかないわけですが、隆房が義隆の後任をもり立てるため大内家中を結集する過程はどこにも書かれていませんでした。そこは想像で埋めるしかないのですが、創作なのだからと、大胆に書いたつもりです。その時に、安富源内と四郎の立ち位置はとても使いやすいものでした。

――史料が多いのと少ないのとでは、どちらが書きやすいですか。

吉川 史料が少なすぎると書きづらいですが、あまりありすぎても書きづらいです。適度にないのが最も書きやすいです。

――大内家の内紛は、隆房と政敵の相良武任が、互いに相手を排斥しようと頭脳戦、心理戦を繰り広げる一種のコンゲームになっていました。このスリリングな展開は、ミステリーの趣向を取り入れたように思えたのですが、吉川さんはミステリーがお好きなのでしょうか。

吉川 ミステリーは、新人賞に応募していた時に書こうと思ったこともあったのですが、まったく書けませんでした(笑)。それもそのはずで、ミステリーのトリックが分かったことがないんです。だから自分で人を騙すトリックが書けるとは思えません。歴史は結末が分かっていますから、そこに向けて物語を作っています。誰かが、どこかで、何かを間違うから、その結末になります。後の時代に生きる我々は、誰が、どこで間違ったかを知っていますが、当人には結果が分かるはずもないので、最善の手段とは何かを考えている。私も彼らと共に最善の一手を考えていくのですが、そうすると敗けるに至ったポイントが浮かび上がってくる。そこを探すような考え方で、謀略は考えています。

――合戦の細かなプロセスは史料に書かれていないことも多いですが、作中に書かれた合戦シーンは創作なのでしょうか。

吉川 前半の吉田郡山城の戦いは史料に基づいていますが、大内家が、月山戸田城の前に赤穴城を攻めたところは、完全にフィクションです。

――部隊の動きなどを考えるのは、楽しかったのではないでしょうか。

吉川 楽しかったですね。赤穴城の戦いは、城側が赤穴川を堰き止めて湖を造り、大内軍を阻んだところまでは史実ですが、それだけではなぜ大内の大軍が城を落とすのに三ヶ月も、四ヶ月もかかったのかが分かりません。それで、いろいろと戦術を考えてみました。

――まだ鉄砲が主力兵器ではない時代の合戦も、刺激的でした。

吉川 鉄砲は必殺の武器ですから、あった時代となかった時代では、特に城攻めの方法は違っていたと思います。ただ、戦国の初期段階の合戦が簡単だったわけでもありませんし、やはりそこで戦っていた武将たちは、考えに考えて作戦を練っていたと思います。そうした姿が書けていれば、良かったです。

――戦国の合戦は農民を動員しているので、農閑期に短期で決着をつけるとのイメージが強かったのですが、月山富田城攻めは一年以上かかっているのに驚きました。

吉川 農民を動員していますが、農民に槍を持たせて戦わせた武将はあまりいなくて、戦場での雑用をやらせていました。それでも貴重な労働力なので長くは動員できないのですが、大内家は大国ですから、各村から少し徴集するだけで、合戦に必要な賦役衆を作れたはずです。農作業に影響がでない状態で、長い遠征も可能だったでしょうね。

――いつも迫力ある合戦をお書きですが、何かコツはあるのでしょうか。

吉川 コツとかは考えないで書いています。合戦には勝ち負けが発生しますから、どこかに勝敗を分けたターニングポイントがあります。そこに向けてじわりじわりと物語を積み上げていってます。ターニングポイント以降は、勢いで書き進めていく感じです。

――大内家は大国で、義隆も名君でしたが、相良武任の讒言によって判断を誤り、大内家も没落していきます。これは現代でいえば、外部から来た経営コンサルタントのアドバイスばかりを聞いた社長が、会社を傾けるのに似ています。その意味では、企業小説というか、一種の組織論としても読めるような気がしています。

吉川 その側面はあるかもしれません。以前、戦国時代の大名家は、現代の企業社会に似ているという本を読みました。そこから大名家を、企業に似ていると意識するようになりました。

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――どれほど巨大で盤石に見える組織でも、たった一人佞臣が紛れ込むだけで簡単に崩壊するという展開には、現代人が学ぶことも多いような気がします。

吉川 それはありますね。義隆と武任の場合は、タイミングも悪かったんです。義隆が、有能で将来を期待していた養子の晴持を亡くし、精神的にまいっていたところに武任が重きを増した、間の悪さもあったと思います。

――打つ手は間違っていない隆房が、結果的に敗けたというのも教訓的です。

吉川 唯一、間違ったとしたら、大内家を残そうとしたことでしょうね。

――隆房は大内家をそのままにして再建する方法を模索しますが、元就はダメなものは潰して新しくするというビジョンを持っています。現代でも、不祥事などが起きた時に、組織の欠点を探して修復するのか、すべてを壊して一から作り直すのかが議論されるので、二人の方向性の違いは、改革とは何かを問い掛けているように思えたのですが。

吉川 そこは意識して書きました。これも何かで読んだのですが、日本は大きな転換点に立つと、すべてを壊してゼロからスタートし直す社会だというんです。確かにそうで、明治維新は徳川時代の遺産をゼロにした上で新政府を作り、第二次世界大戦で敗けると、大日本帝国をなしにした上で新制日本を構築しました。ところが、「果たしてそれでいいのか」と思うことがあります。ダメだから壊して作り直す組織の中にも、「これだけは大切だから残しておこう」という要素は必ずあると思うんです。ただ人間はなかなか捨てられないので、残そうとする場合、大切なものだけ残すのではなく、いつしか全体が残ってしまう。高度経済成長期の後は、ここは残してここは捨てて、で作り直すべきこともあったはずですが、全部残してつぎはぎでやっているように思えてなりません。隆房がやっていることはそれと同じなので、「これでは敗けるな」と思って書いていました。

――隆房の最期は悲劇ですが、ラストは暗くなく、希望さえもありました。

吉川 そうです。ハッピーエンドも、バッドエンドも物語の形としては両方ありだと思うのですが、読者が嫌な気持ちで本を閉じるのと、ああよかったと思って本を閉じるのではまったく違うと思います。隆房の最期は、バッドエンドの中にも、よかったと思える要素があるので、それをすくい上げた感じです。

――この作品は敗者の視点で戦国史を描くシリーズの第一弾になるとのことですが、今後、どのような人物を取り上げたいと考えていますか。

吉川 今のところ、五、六冊を考えていますが、なぜこの人は敗けたのかという解釈ではなく、その人の生きた姿を書いて、生ききって死んだけど、やってきたことや考えてきたことは無駄ではない、誰かが受け継いでくれている、そうして歴史は紡がれていくという形で書いていきたいと思っています。まだ具体的なことは考えていませんが、やはり今川義元は書きたい。あとは、難しい題材ですが明智光秀。もしかしたら天下人になっていたかもしれない朝倉義景などを考えています。

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吉川永青(よしかわ・ながはる)
1968年東京都生まれ。横浜国立大学卒業。2010年「我が糸は誰を繰る」で第5回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞。同作は『戯史三國志 我が糸は誰を繰る』として、11年に刊行され、デビュー。同年発表の第2作『戯史三國志 我が槍は覇道の翼』や『誉れの赤』(14年)が吉川英治文学新人賞候補になるなど、歴史小説界でいま最も注目を集める俊英のひとり。

取材・文|末國善巳 撮影|石田祥平

KADOKAWA 本の旅人
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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