太平洋戦争末期、知られざる天皇皇后の姿

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天皇陛下の私生活

『天皇陛下の私生活』

著者
米窪 明美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103397519
発売日
2015/12/18
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

太平洋戦争末期、知られざる天皇皇后の姿

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 昭和二〇年一月一日早朝、昭和天皇は皇居の御文庫内の寝室で目を覚ました。起床を知らせるベルを鳴らすと女官や侍従がにわかに動き出す。ここは昭和一七年、吹上御苑に建てられた鉄筋コンクリートの防空建築で、戦争が始まってからは事実上の住まいとして使用されていた。

 太平洋戦争の終結、そして進駐軍を迎えたこの年、天皇と皇后はどのように暮らしていたのか。本書はそれを側近や皇族の日記から明らかにした。平時ならそばに近づけない皇室関係者とも、戦時中それも末期となれば、狭い場所で肩寄せ合って生きていた。学究肌で身なりにも無頓着な天皇と、鷹揚でほがらか、いつも笑いを絶やさない皇后との夫婦愛も、こんな時でなければ目にすることなどなかっただろう。

 戦争中、天皇は軍装で様々な祭祀を行っていた。すでにB29による空襲は激しさを増し、女官たちの宿舎にも焼夷弾が落ち死傷者も出ていた。五月二六日には明治二一年に建てられた木造の宮殿をはじめとした多くの建物が焼け落ちる。東宮やご兄弟、内親王のほとんどが疎開中であり、邸内にいた皇族についても命を無くした者がいなかったのが不幸中の幸いであった。

 戦時中、天皇の唯一の息抜きは一時間ほどの散歩であったという。生物に造詣が深く、植物の観察が何より好きだった天皇は皇后を伴い、ルーペを片手に皇居の散策を楽しんだ。空襲で焼けてしまった草花は、新たに移植をし、その名を自らノートに書きつける。わずかな現実逃避であったのかもしれない。

 そして六月二二日、天皇は最高戦争指導会議を召集し、ここで初めて戦争の終結について検討するようにと述べた。翌日には沖縄が陥落し連合国軍に占領された。

 玉音放送録音後に起こった陸軍のクーデターが鎮圧されたことで、現代日本の第一歩が始まったと思う。人間としての昭和天皇の素顔を垣間見られる貴重な一冊である。

新潮社 週刊新潮
2015年1月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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