神話的作品群に宿るツツイ的「神」

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  • 旅のラゴス
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書籍情報:版元ドットコム

神話的作品群に宿るツツイ的「神」

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 5歳の時に暴漢に性器を切断され、性欲が欠落した人間となった葉月貴夫。そのためか芸術や文学には興味を示さない彼が追求したのは、美食の道だった。リビドーに振り回されることなく、聖人のように振る舞う彼はやがて震災の被災地へと向かい、因縁の相手と出会う。聖と俗との対峙の先にあるものは? 筒井康隆氏の『聖痕』は一人の男の年代記を、古語や造語、擬古文と現代文を交えた独特の文体でつづる。現代文明への痛烈な批判と、小説の豊かさを改めて感じさせる話題作が、いよいよ文庫に。

 筒井氏といえば、他にも話題がふたつ。ひとつは1986年に単行本が刊行された『旅のラゴス』の文庫版(新潮文庫)が、最近になって突然、大増刷するほど部数を伸ばしていること。特にメディアで大きく取り上げられたわけでもなく、売れた直接的な理由は不明だとか。

 文明が退化し、人々が超能力を獲得しはじめた世界で旅を続ける男、ラゴス。行く先々での奇妙な出会いや不思議な体験を経て、彼は生まれた地へと帰還する。そこで多数の書物を記した後、彼が起こした行動とは。人生という名の壮大な旅に触れ、読後はいつまでも感慨に浸ることになる。特別な理由がなくとも読み継がれて当然の名作だ。

 もうひとつの話題は、著者自ら「わが最高傑作にして最後の長編」という『モナドの領域』(新潮社)の刊行だ。神が人々の前に姿を現すこの長編、著者の愛読者ならすぐ『エディプスの恋人』(新潮文庫)を思い出すはず。圧倒的な美貌と精神感応能力を持つ火田七瀬を主人公とする三部作の完結編。第一作『家族八景』では家族、第二作『七瀬ふたたび』では国家、そしてこの第三作では神がテーマだ。

 超能力を隠して名門私立高校の事務員として働く七瀬は、一人の男子生徒が不思議な力によって守られていると感知する。正体を探るうちに、彼女は「宇宙意志」なるものに辿りつく。『モナドの領域』とあわせて読めば、著者のなかでの神というものの解釈の変化が感じられ、味わい深い。

新潮社 週刊新潮
2015年1月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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