【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】ベーコン随想集 [著]フランシス・ベーコン[訳]渡辺義雄

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ベーコン随想集

『ベーコン随想集』

著者
Bacon, Francis [著]/Bacon, Francis, viscount St. Albans [著]/渡辺 義雄 [訳]
出版社
岩波書店
ISBN
9784003361733
価格
821円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】ベーコン随想集 [著]フランシス・ベーコン[訳]渡辺義雄

[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)

「読書は充実した人間を作り、会話は当意即妙な人間を作り、書くことは正確な人間を作る」

 というような簡潔で記憶に残るような言葉を連らねたフランシス・ベーコンのエッセイに出会ったのは、高校一年生の時の英語の教科書(当時国定)においてであった。この教科書はこのベーコンの文章(一五九七年)からはじまって、ジョン・ロックの哲学などが出てくる恐るべきものであった。「こういうものは、われわれが(中・高英語教師)教えることのできないものです」と担当の佐藤順太先生はおっしゃったが、先生は実に丁寧に綿密に読んで下った。おかげでベーコンは何だか私の親しい人物になってしまった。

 ベーコンは西洋哲学史の本では“近世哲学の二大源流”の一人として挙げられている人だ。フランスのデカルトの演繹法と並んで、イギリスで帰納法を提唱した大哲学者ということになっている。しかも彼は王室弁護士、法務長官、国璽尚書、大法官、子爵にもなった俗世界の成功者でもあり、後に収賄容疑で有罪で四万ポンドの罰金刑、ロンドン塔への禁錮刑にもなった人生の失敗者でもあった(後に王の命で罰金免除、禁錮刑も二日)。

 当時の諸学に通じ、思想の雄大なことは万人の認めるところであったし、俗世界の成功と失敗の両方を味わった人であったから、その人の“随想”が面白くないわけがないのだ。エッセイという単語を“随想”という意味に使ったのはモンテーニュのエッセイから借りたものだが、内容的な影響は受けていないと言ってもよいだろう。ただエッセイをこの意味で使ったのはイギリスではベーコンが始めてである。

 齋藤勇博士はベーコンの『エッセイズ』は『論語』を思わせると言われたが、確かにイギリスの哲人の『論語』みたいなところがある。初版を三十六歳の時に出して、いろいろの項目を書き足し、第三版は死の一年前に出た。随想と言っても“漫談閑語”でない。「学問について」「高い地位について」「運命について」「養生法について」「裁判について」などなど、五十八項目、みな読む人を少し賢くする。

新潮社 週刊新潮
2015年1月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加