『ベーコン随想集』
- 著者
- フランシス・ベーコン [著]/渡辺 義雄 [訳]
- 出版社
- 岩波書店
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/哲学
- ISBN
- 9784003361733
- 発売日
- 1983/04/16
- 価格
- 836円(税込)
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【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】ベーコン随想集 [著]フランシス・ベーコン[訳]渡辺義雄
[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)
「読書は充実した人間を作り、会話は当意即妙な人間を作り、書くことは正確な人間を作る」
というような簡潔で記憶に残るような言葉を連らねたフランシス・ベーコンのエッセイに出会ったのは、高校一年生の時の英語の教科書(当時国定)においてであった。この教科書はこのベーコンの文章(一五九七年)からはじまって、ジョン・ロックの哲学などが出てくる恐るべきものであった。「こういうものは、われわれが(中・高英語教師)教えることのできないものです」と担当の佐藤順太先生はおっしゃったが、先生は実に丁寧に綿密に読んで下った。おかげでベーコンは何だか私の親しい人物になってしまった。
ベーコンは西洋哲学史の本では“近世哲学の二大源流”の一人として挙げられている人だ。フランスのデカルトの演繹法と並んで、イギリスで帰納法を提唱した大哲学者ということになっている。しかも彼は王室弁護士、法務長官、国璽尚書、大法官、子爵にもなった俗世界の成功者でもあり、後に収賄容疑で有罪で四万ポンドの罰金刑、ロンドン塔への禁錮刑にもなった人生の失敗者でもあった(後に王の命で罰金免除、禁錮刑も二日)。
当時の諸学に通じ、思想の雄大なことは万人の認めるところであったし、俗世界の成功と失敗の両方を味わった人であったから、その人の“随想”が面白くないわけがないのだ。エッセイという単語を“随想”という意味に使ったのはモンテーニュのエッセイから借りたものだが、内容的な影響は受けていないと言ってもよいだろう。ただエッセイをこの意味で使ったのはイギリスではベーコンが始めてである。
齋藤勇博士はベーコンの『エッセイズ』は『論語』を思わせると言われたが、確かにイギリスの哲人の『論語』みたいなところがある。初版を三十六歳の時に出して、いろいろの項目を書き足し、第三版は死の一年前に出た。随想と言っても“漫談閑語”でない。「学問について」「高い地位について」「運命について」「養生法について」「裁判について」などなど、五十八項目、みな読む人を少し賢くする。