『日韓併合期ベストエッセイ集』鄭大均編

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日韓併合期ベストエッセイ集

『日韓併合期ベストエッセイ集』

著者
鄭 大均 [編集]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480432827
発売日
2015/07/08
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『日韓併合期ベストエッセイ集』鄭大均編

[レビュアー] 久保田るり子(産経新聞社編集委員)

■記憶のなかに物語がある

 歴史は学べるが記憶は語ってもらうしかない。記憶のなかには人々の物語がある。日本と韓国の歴史の相克、日本統治時代とはどんな記憶の集積なのだろうか。本書は日韓併合期に書かれたか、後年その時代を記したえりすぐりの随筆アンソロジーだ。搾取や収奪の告発や糾弾ではなく、市井の人々の楽しみや悲しみが描かれている。

 編者の鄭大均氏は、日本生まれの韓国系日本人であり日韓ナショナリズムの研究者として知られる。文明文化論の視点からアプローチした日韓問題の著書が多い。そんな鄭氏だからこそ、日韓併合期を一度イデオロギーから解放して、当時の日本人や朝鮮人の記憶から眺め直すことが、この時代を知るのに有用だと考えたようだ。

 収録されている43編は「子どもたちの朝鮮」「こんな日本人がいた」「出会い八景」「作家たちの朝鮮紀行」「朝鮮を見て、日本をふり返る」など7つのタイトルの下に多様な人々の作品が並ぶ。

 子供の頃、朝鮮の地で詩を書き始めた詩人、森崎和江はかの地の風土風物で感性を養われ古都慶州で育ったが、敗戦で帰国することで原体験を失う。それを「ちぎれた肉のように痛く思い」、内気な少女は日本の風土への嫌悪感にさいなまれたことを愛(いと)おしげに書いている。口伝の朝鮮民謡採集とその訳詞で知られる詩人の金素雲の作品は5編。金氏の「朝鮮民謡集」出版には北原白秋氏が深く関わった。そのいきさつが縷々(るる)記された「恩讐三十年」「白秋城」は日本詩壇の秘話としても読み応えがある。

 第六代朝鮮総督の宇垣一成の「朝鮮を憶う」は陸軍大臣から朝鮮統治者となった宇垣の覚書。日本統治の姿が浮かび上がる。他に日本人では五木寛之、安倍能成、柳宗悦、韓国人では任文桓、朝鮮人では金史良らが登場する。

 差別的な生の感情も出てくるが、それが併合時代であった。ここに描かれる日常にはすでに失ってしまった風景と人情が鮮やかだ。政治でしか語られることのなくなったこの時代の体温を、記憶が教えてくれる。(ちくま文庫・1200円+税)

 評・久保田るり子(編集委員)

産経新聞
2016年1月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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