すれちがいに絶望し、結末に唸らされる絶品

レビュー

8
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いつかの人質

『いつかの人質』

著者
芦沢 央 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041037249
発売日
2015/12/24
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

すれちがいに絶望し、結末に唸らされる絶品

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 真相にたどりついた瞬間、なにげなく読んでいた一文が、頭のなかにパッと浮かび上がる。『いつかの人質』は、巧みにはりめぐらされた伏線を回収する快感が味わえるミステリーだ。著者は娘を失った父親と腹黒い美少女の心理戦を描き映画化もされた『罪の余白』の芦沢央。

 三歳の宮下愛子がショッピングモールの遊戯施設から連れ去られる場面で物語の幕は開く。まず母親の麻紀美が遭遇する不測の事態のスパイラルが見事だ。景品が足りなくなったビンゴ大会、泣きやまない幼児、体調の急変。自分が保護者でも〈ちょっとくらいなら〉と目を離すかもしれないと思ってしまう。

 事件のとき失明した愛子は、十二年後に再び誘拐される。アイドルのコンサート会場で、目の見えない彼女がなぜ単独行動をとることになったのかという経緯にも説得力がある。欲しいものを我慢できない少女が漏らした一言と、入手困難なチケットを譲ってもらえた愛子の気おくれが、犯人に有利な状況を作るのだ。一方、過去の誘拐事件の加害者の娘で、宮下家を訪れたことがある江間優奈は、借金を抱え失踪していた。容疑者として警察に追われる優奈を、夫の礼遠(れおん)は懸命に探す。

 サスペンスの盛り上げ方や、意表をつく結末にも唸ったが、この作品の真骨頂はコミュニケーションの地獄を掘り下げているところにある。犯人から逃れる方法を必死で考える愛子と、娘を二度も奪われた悲しみと不安に苛(さいな)まれる両親。他人とうまく交われず孤独だったが、漫画という夢で結ばれた優奈と礼遠。お互いの気持ちを察して、よかれと思って言動を選んでいるのに、家族は絶望的にすれちがう。同じ言葉を聞いても、受け取り方によって見える世界がまったく異なるからだ。相手の発言を真に受けても、裏を読んでもずれていく。だからこそ、一つひとつの誤解を剥ぎとった果てにむきだしになる不器用な愛に胸を打たれるのだ。

新潮社 週刊新潮
2016年1月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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