男女、貧富、リベラルと保守 多彩な視座から生を捉え直す

レビュー

8
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美について

『美について』

著者
ゼイディー・スミス [著]/堀江 里美 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309206912
発売日
2015/12/02
価格
3,996円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

男女、貧富、リベラルと保守 多彩な視座から生を捉え直す

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 ボストン近郊の大学で教鞭をとる父ハワード(白人)と、医療事務員の母キキ(黒人)、心優しい二十歳のジェローム、父親と同じ大学に通う口が達者で勝ち気で自信家の十八歳ゾラ、ヒップホップ好きで周囲が白人だらけの環境にうんざりしている十六歳のリーヴァイから成る、リベラルで無宗教で個人主義のベルシー家。イギリスの大学で教える厳格な父モンティ(黒人)と、専業主婦のカーリーン(黒人)、功利的な考え方しかしない社会人の長男マイケル、とてつもなく美しい十八歳ヴィクトリアから成る、保守的でクリスチャンで家族主義のキップス家。

 ゼイディー・スミスの『美について』は、英国に短期留学したジェロームが、レンブラント研究において父ハワードと二十年来の敵対関係にあるモンティの個人オフィスでアルバイトをはじめ、よりにもよってキップス家に寄宿するようになり、あろうことかヴィクトリアと結婚する宣言をしてしまうシークエンスから、にぎやかに滑り出す。結婚の件は、うぶなジェロームの勘違いに落ち着くのだが、今度は、モンティがハワードの大学に招聘されたことから、キップス家はベルシー家のご近所さんに。両家は公私さまざまな局面で衝突を繰り返すことになるのだ。

 アメリカの架空の大学町を主な舞台に、ハワードの同僚である美しい女性詩人や、素晴らしいライム(韻を踏むヒップホップの歌詞)を生み出す青年といった個性的なキャラクターを両家が引き起こす問題に絡ませながら、白人と黒人、男と女、インテリと大衆、旧世代と新世代、リベラルと保守、富める者と貧しき者の対立や和解、世界と人生における審美の可能性を、ユーモラスなタッチで活写。不倫騒動あり、三角関係あり、学内政治をめぐる揉め事あり、一幅の絵にまつわる謎ありと、家族小説、恋愛小説、キャンパス・ノベル、ミステリーなど多様な読みごたえと読み心地を備えている。

 五百ページ二段組のスケールにたじろぐかもしれないけれど、愉快だったり、シニカルだったり、痛切だったりするエピソードの連打で、読み始めたらやめられないこと必定だ。人種的にも宗教的にも文化的にもハイブリッドな世代が生まれていく過程を、十九世紀から二十世紀へと至る時空間を自在に移動しながら描いたデビュー作『ホワイト・ティース』などの傑作で知られる、イギリス現代文学を代表する作家の、これは二十一世紀版「人間喜劇」。面白くて知的な小説が好きな方は是非!

新潮社 週刊新潮
2016年1月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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