『モナドの領域』 筒井康隆著

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モナドの領域

『モナドの領域』

著者
筒井 康隆 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103145325
発売日
2015/12/03
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『モナドの領域』 筒井康隆著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

現実の隣に「可能世界」

 壮大な哲学小説である。

 ある日河川敷で発見された女の片腕を発端に、推理小説仕立てでストーリーが進行するので、読者は思わず釣り込まれるように読んでしまう。実はその片腕は、この世界に隣接するもう一つの「可能世界」と空間的に重なり合ったために生じたものなのだった。このあたりから小説はとてつもない広がりを示しはじめる。主人公であるGODは、二つの世界の綻びを繕うために一人の大学教授に憑依(ひょうい)し、モナドの領域――予定された可能的世界のすべて――について語り始めるのである。彼は未来に関するあらゆる情報を知悉(ちしつ)し、これを予言するのだが、予定自体を変更することはできない。すべてはモナドとして、GODのプログラム通りに進行していくように定められているのだという。テレビに出演したGODは語る。環境破壊や宗教戦争の続くこの世界は、定められたモナドによっていずれ滅びることになるだろう。「これだけは言っておこう。お前さんたちの絶滅は実に美しい」と。

 キーワードは「遍在」という概念だ。神は宇宙の全てに遍在しているのだが、人間はすぐに宗教団体や教義を作り、これを実体化してしまう。あるいはすべてを科学で解決しようとし、現在と未来を分析計算しようとしてやまない。神はモナドの領域に遍在する、と考えてみることによって、われわれ自身のうちにある「とらわれ」や、人類の卑小な営為をあぶり出していくことが可能になるのである。

 興味深いのは本作もまた、読者のいる現実に隣接した一個の可能世界である、という設定になっていること。われわれは小説を通してさまざまな隣接世界を知ることができるわけで、はからずもこの小説自体が一個の虚構論になっている。久々に筒井康隆によって世に問われたこの小説は、著者最後の長編になるかもしれぬのだという。これもまた遍在するモナドのはざまの、一個の都市伝説なのかもしれない。

 ◇つつい・やすたか=1934年生まれ。小説家・俳優。著書に『時をかける少女』『夢の木坂分岐点』『聖痕』など。

 新潮社 1400円

読売新聞
2016年1月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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